『異人たちとの夏』(1988)

名取裕子が若くて、じつにエロチックで官能的、情欲そそそられるベッドシーン。それが最後にああゆうグロテスクに変じるというのはなかなかの驚き。

秋吉久美子は母親役ではあるが、情欲をそそられることも、エロチックな部分はなし。片岡鶴太郎は、まあ自然な感じ。

●赤の強い画面からは夏の蒸した暑さを感じるが、典型的日本の夏の情景は使われていない。夏祭り、花火、風鈴、浴衣などの、夏を演出する定番部品は敢えて外したのかも知れない。下駄履き、缶ビール、袖無しシャツ、下着になって暑さをしのぐ、西瓜、おんぼろで風通しの良さそうな、ごく普通の下町の日本のアパート。こういった何気なさで夏という雰囲気は出ているのは巧妙。
(昔工事現場とかガテン系の人が着ている袖無しシャツを”ランニングシャツ”と言ってたことがあったが、今は言わないか? 今はタンクトップというのかもしれないが、それだと女性もの衣料という感じだし、はたして今あのシャツはなんて呼ぶんだろ?)

●大林作品としては異色作になるだろうが、大林監督の良さをあえて封印して新境地に挑んだ作品? 悪くはないが、これなら大林作品としての色が薄い。やはり大林監督はこの路線ではないだろう。

●サッポロの缶ビールのラベルが見たことのないもの。昔はこういうラベルだったのか。

●名前は知っていたが予備知識ゼロだったので、ある意味驚き。まさかこういうホラー、オカルト映画だとは思わなかった。

●最後にそれほど大げさでもない、どんでん返しが用意されていたが、ぼんやり観ていたせいか伏線にまるで気がつかなかった。なるほどそう来たかとちょっと驚いたが、エクソシスト的な演出には少し笑ってしまった。どんでん返というほどではなく、さらりと表裏をひっくり返した感じでなかなか絶妙。

●親はいつまでたっても子を見守っているという話はホロリと来る。山田洋次が選んだ家族の映画の一つだが、確かに小さい頃亡くした親への思い、親の子供への思い、特に父親役の鶴太郎の威勢の良さ、それをたしなめる母親役の秋吉久美子、それを泪が出そうなくらい愛おしく見つめる息子の姿は、ジンとくる。この映画は一回目に何も知らないで観るより、筋を分かってから観る二回目のほうが心に染みてくるものは大きい。

●新しい種類の作品に挑む挑戦は面白いし、評価できるが、作品としはそれほど面白い訳ではない。

●異色の日本製ホラー、怪談噺。

●思いを巡らせればあれこれと考えさせられる部分があるが、それがグッと押してこない。大林監督なのだからほんのりと感じるように伝えるのが様式なのだろうが、もっとはっきりとしたもののほうがいい。