『すずめの戸締まり』10年経って、今だから伝えられる鎮魂の思い。

全くこういう映画と想像していなかった。

新海誠監督とはいえ、なんとはなしに「天気の子」から続くような最近のパターン化した女子高生のチャラチャラ恋愛系アニメだろうと思っていた。
 
だからあまり観ようという気も起きなかった。
 
中学生が観に行ったよと言ったので、どうだった? と聞いたら「なんだか難しくて面白くなかった」という予想外の返事。
 
難しかった。。。? 
 
そしてはじめて知った。この映画が自分の持っていた先入観とはまったく違うものだということを。
 
よもやこれがあの大震災を描いた作品であるとは思いもしなかった。
 
そして固唾を飲み込むようにしてスクリーンに対峙した。
 
ここまであの震災を描いているとは思わなかった。
 
あの震災と津波火災の恐ろしさを無闇に強調するような表現はない。あの災害を目の当たりにし実際に経験した人への作者としての繊細な配慮が感じられる。
 
火災で町中が燃え上がっているシーンはあった。実写作品ではなくアニメーションであるから、ある程度あの災害の悲惨さは映像的に弱められているだろう。同じシーンを実写CGIで化していたらかなり厳しい映像になっていただろう。しかし、それでも随所に描かれるあの震災、あの津波災害、そしてあの大火災の場面は息を呑み歯を食いしばってしまうものだ。
 
「覚悟して観なければいけない」
 
実際に震災を体験した人の言葉だ。
 
 
 
基礎だけが残された家の跡。建物が何もなくなって広い野原になった場所。道を行き交う復興車両のダンプカー、建物の上に乗り上げた漁船。そう、それは震災から数カ月、数年経った頃の風景だ。ストーリーの流れから言っても、どちらかといえば震災と津波被害の後の姿を表わしているシーンが多い。
 
それが却って、なんとかして少しでも日常に戻ろうとしていたあの頃の気持ちを思い起こさせる。
 
土砂を積んだダンプカーが列をなして壊れた道路を走り、粉塵が舞い上がり、埃っぽくむせぶ毎日。そんな日々が何年も続いていた。いつになったら終わるんだろうと思っていた。
 
こんな作品とは思ってもいなかった。キツさもあった。でも、再び起こりうる災害の端緒を閉じていく、治めていくという話はこの災害大国に生きる日本人がいつも、ずっと祈り続けている、神様の御業に対する願い、神様への切なき祈りなのではないかと感じる。
 
文句なしに良い作品であった。心を揺さぶられる作品であった。
 
今この作品であの震災を描く新海誠の器量に打たれた。
 
「みんなもっと生きたかったんだ、もっと生きていたかったんだ」
 
すずめが最後に泣きながら話す言葉。

それは、当時は伝えられなかった言葉。伝えたくても、そう思っていても慰めや思いやり、優しさの言葉ですら心に打ち込まれる釘となるあの状況では言えなかった言葉。

あの大震災から11年が経って、多くの亡くなった命に、大切な人を失ってしまった残された人の心に、今だからこそ伝えられる、今だからこそ言える、言っておかなければならない言葉。
 
それを伝えたい。今はっきりと伝えたい。
 
この映画は、あの大震災でなくなった多くの命に対する鎮魂の作品なのだな。
 
長く語り続けられる貴重な日本映画だ。
 
 
 

 追記

君の名はのときは1年以上前にトレーラーが公開され、隕石が雲を突き破って落ちていく映像に衝撃を受け、公開を待ち遠しく思った。

続く「天気の子」も大ヒットした「君の名は」に続く作品として期待度が高かった。

しかし「すずめの戸締まり」は公開直前まで大きなプロモーションはなかった。だから、あれ新海作品がまた出るのかと知ったのは、ひと月ほど前だった。

--------ごちゃごちゃ ごたごた言う奴等が出てくる。

作品のテーマ、内容の重さから言って、この映画を事前にプロモーションするのは難しさがあったであろう。そもそもこういう題材をモチーフにしたものを商業ベースで儲けのために宣伝するということ自体が憚られる。(と思っていた)

恐らく作品が公開される前にあれやこれや言う輩が出てくるだろう。

それはそのまま作品の前評判に響く。(これもビジネスという意味でだが)そんなものを呼び込むくらいなら公開直前まで内容は伏せておいたほうがいい。君の名はのときのような周到なPR戦略を組まずとも、3年ぶりの新海誠の新作と言うだけで耳目は集まる。もう取り立てて特別なことをせずとも世の中は注目する。劇場に多くの人が足を運ぶであろう。
もう新海誠という名前はそれだけ充分な人を集める力を持っている。

だから、あえて公開に先行するプロモーションは行わなかった、行わないほうが宣伝戦略的に良かったということであろう。

そして、それはとても良い結果に結びついた。

内容の素晴らしさが口コミを呼び、この作品も興行収入100億を超え、全世界でも公開された。

控えたPRが最大級の効果を生む。その点でもこの作品は素晴らしい。