『天空の草原のナンサ』(2005)

原題: DIE HOHLE DES GELBEN HUNDES/THE CAVE OF THE YELLOW DOG

●モンゴルのどこまでも広がる草原が清々しい美しさだ。

●その美しさの中で燃料につかう放牧ヤギや牛の糞集める子供だが、糞を集めているといっても不潔な感じはしない。モンゴルの澄んだ空気が黴菌など全部消してしまっているように感じるからだ。

●一つの家族、特に3人の小さな子供たちの姿を追いかけて撮影した、映画といよりドキュメンタリーに近いつくり。子供たちに演技指導などもほんの少ししかしていないだろう。ある程度の話の流れを教えたら、あとは子供たちのそのままの姿を撮影する。子供同士で遊んだり戯れたりしているシーンは何も演出していない素のままの姿。

●中盤で道に迷ってしまうところと、最後にちょっとどきどきする展開があるが、それ以外は特になんでもないモンゴルで遊牧生活をする家族の姿を淡々と撮っている。だが、それが実に味わいがあっていい。モンゴルの自然とモンゴルの家族の生活、それだけでもう充分魅力あるドラマになっているわけだ。

●この映画の主人公は小さな3兄弟と洞窟から連れてきた犬。こんな無垢で可愛い子供や犬を映していればそれだけでほのぼのとした、優しい気持ちになってしまうというものだ。子供や子犬といった本来可愛いものを登場させる映画はそれをダシに使って観客の気持ちを引きつけようという魂胆が見え透いているものが多い(とよく書いている)が、この作品にもそういう下心がないとはいえないだろうが、純朴な3兄弟とその両親の姿を見ていると「この映画はこのままでありだな、余計な詮索は持ち込まなくても素直にこの素直なモンゴルの家族の姿を観ていればいいのだな」と思った。

●原題は「黄色い犬の洞穴」とでも訳せるが、作品の内容との符号性が低い。何かモンゴルの諺か伝説なのかなとも思うが、邦題の方が作品内容をよく現している。

『むかしむかし、お金持ちの家族が住んでいました。ある日、その家のとても美しい娘が重い病気になってしまいました。どんな薬を飲んでも治りません。そこで父親は賢者に相談に行きました。すると賢者は、「黄色い犬を飼っているだろう? その犬を追い払わなくてはならない」と言うのです。でも父親は、家族や家畜を守ってくれている犬を殺すことなんてできません。そこで、犬をほら穴に入れて出られなくしました。父親は毎日エサを持っていきましたが、ある日、犬はいなくなってしまいました。すると、娘は本当に治ったのです。でも娘が元気になったのには、ほかに理由がありました。娘はある若者に恋をしていたのです。黄色い犬がいなくなり、2人は何者にも邪魔されずに会えるようになったのでした......』
チュルゴ火山ふもとの自然公園の中心部には「黄色い犬の洞窟」と呼ばれている場所が実際に存在するらしい。

●アジア映画に分類するが、製作国はドイツ。監督のビヤンバスレン・ダバーはモンゴル出身。ドイツ資本で製作されたモンゴル映画というべきか。