『初恋のきた道』(2000)

●木々の葉が黄色く紅葉し、枯れた秋草が広がる田舎の風景、チャン・ツィー・イーの輝く強い美しい瞳。美しい赤、マジックアワーを思わせる煌く太陽の日差し。牧歌的音楽。映像の何もかも隅々までが美しい。

●ストーリーにいやらしさやあざとらしさなどの外連味が全くない。純粋、純白、正統、正道、映画はこれでいいのだ、こうあるべきなのだ、これこそが本来の姿なのだと美しい映像を観ながら思ってしまう。

●10年経って見返しても、美しさも感動もなんら色褪せることはなかった。あの頃は、はるか遠くまで広がる美しい大地の映像は大きなスクリーンで観なければと思って映画館に足を運んだものだ。

●アジア映画のお決まりシーンとなってしまっているが、料理をするシーンはやはりいい。だがそれ以上に瀬戸物を修理するシーンが非常にいい。そして脚本、ストーリーも素晴らしい。

●この映画の良さは何か? それは一にも二にも純粋、純朴さだろう。好きという純粋な気持ち、好きな人をずっと想い続ける姿。小手先の演出、あざとい演出、誤魔化しなどが殆ど無く実直に一人の若い女の子が男性を好きになるというストーリーが綴られていく。それが何にもまして良いのだ。

●きっとこの映画の映像の美しさ、ストーリーの純粋さは”癒し系”に当たるのだろう。そして2000年頃までの中国映画の田舎の風景や山の暮らし、貧乏でも質実に生きていく人々の姿などは”癒し系”だったのではないだろうか? だからあの頃中国映画が持てはやされ、ブームにもなっていたのではないだろうか? 
●10年ちょっと前、2000年前後に中国映画のブームというのがあった。あちこちの宣伝が煽っていた部分もあるが、純朴、純粋で非常に質実、良質の映画がミニシアター系中心に日本で次々公開されていた。人気もあった。この映画はそんな中国映画ブームの中でも特に人気があった作品だった。 有楽町の仕事帰りのOL向けにもぴったりだったし、チャン・ツィー・イーの可愛らしさ、美しさに男もだいぶ観に行っていた。

●あれから10年、最近の中国映画の話題は余り聞かない。中国映画ブームは今となっては見る影も無い。それは何故か? それは中国映画がガラリと豹変してしまったからだ。2000年頃までの中国映画にあった、たとえそれが小振りな作品であっても中国の奥深さ、人間の慎ましさ、良心、温かい心、儒教的な人間讃歌というべきものを描いていた中国映画がすっかりと消えて無くなってしまったのだ。中国映画の主流はあたかもハリウッド的スタイルを目指し、模倣し、ハリウッド映画的な嗜好に合わせたような作品ばかりになってしまった。それはあたかも中国の経済成長と共に、中国映画が持っていた美しさ、良さが失われていったかのようでもある。

●中国映画がハリウッド的に堕落した。金儲けビジネスが主体の商業映画に堕落し、塗り変わった。今の状況は極端な言い方をすればそういうことになる。

●中国映画の堕落と変貌はチャン・イーモウという監督の作品の経歴にも符号する。まだ中国映画に馴染みのなかった頃に衝撃を受けた『紅いコーリャン』から始まり、2000年頃までは中国的良心、人間の素晴らしさを描いた良作を撮影していた。しかし監督としての知名度が上がったこともあるだろうが2000年以降は『HERO』『LOVERS』とそれまでとは全く異なるブロックバスター的な映画を撮影し、その後は北京オリンピックの映像では世界中の非難を浴び『初恋のきた道』などで見られた素晴らしい人間描写は消えてしまった。チャン・イーモウの作品の変化、監督として歴史は、そのまま中国映画の変化、俗化、堕落の歴史を映している。

●金儲け至上主義的、守銭奴的になり、おかしな方向に走っている今の中国で、10年前に感じた中国映画の大陸的奥深さ、人間の慎ましい営みへの讃歌が、日本人が心を打たれ、感動した中国映画、その人間描写は再び戻ってくるだろうか? その期待は薄い、少なくとも今の様子では。

●2000年辺りを境として中国映画は変わった。『初恋のきた道』は中国人の良心、心の美しさ、人への愛の眼差しがまだ残っていた最後の時期の作品と言えるかもしれない。古い中国映画はものすごく良かった。だが今の中国映画は観る気も起きない。それが今の気持ちでもある。

◎原題『我的父親母親』を『初恋のきた道』という邦題にしたことは素晴らしい。原題以上に作品の良さを表している。

タイタニックの中国版のポスターが家の壁に貼ってあることには驚いた。思ったよりもこの村は町から近いのではないだろうか? と言っても一時間、二時間は掛かる距離かと思うが。

◎チャン・ツィー・イーのがヒョコヒョコと人形のように首を回しながら走る姿は、少し抵抗がある。知恵遅れの子供の動きといったら酷いが、この演出はそういうところから引っ張ってきたのではないだろうか? 可憐な少女であったチャン・ツィー・イーも今となっては、セレブの仲間入りをしたとは言えもうこの頃の素晴らしさの面影はまるでない。

チャン・イーモウ監督作品:『紅いコーリャン』(『紅高梁』1987)、『あの子を探して』(『一個都不能少』1997)、『初恋のきた道』(『我的父親母親』1999)、『至福のとき』『幸福時光』2000)、以降の『単騎千里を走る』『HERO』『LOVERS』は作品の質が低いというわけではないが、それまでの作品とはまるで方向性が変わってしまった。

http://www.sonypictures.jp/archive/movie/roadhome/