『バンクーバー五輪・開会式』

バンクーバー冬季五輪開会式、これは素晴らしいある映像エンターテイメントと言っていい。
デジタル放送の高画質、高音質、史上初といわれる室内での開会式。民族衣装をまとった人々の踊り、会場全体を使って展開される映像表現。この美しさには驚くばかり。
●TV放映では開会式前のオープニングから始まり4時間近くに渡ってずっと開会式の模様が放映されたが、その4時間が全く飽きることなく、バンクーバーから送られる映像の素晴らしさに目と心を奪われたままだった。
●あの広いスタジアムのフロアに氷が割るように亀裂が入り、次には大きなホエールが観客席の下から現れ潮を吹き上げて勇壮に泳ぐ。滑らかでリアルなその泳ぎは、まるでスタジアムが本物の海の一部となり鯨がやってきたかのような錯覚さえ覚える。
●フロアだけではない、天井から吊下ってきた布(これもスクリーン地だろう)にまで様々な映像が投射される。そしてその映像の中で吊り下げられたスキーヤースノーボーダーが演技をする・・・・これも非常に印象的な映像と人間の動きの組み合わせだ。

●これは一体どうやって創り出している映像なのだろうと思考をめぐらす。
「広いスタジアムのフロアは巨大スクリーンと同じ状態になっている。ひょっとしたらフロアは透過性を持たせてあり、下からも映像を投射しているのだろうか? その上に大勢の人が乗り、踊り、行進をするのだからとてつもない強度が必要になる。それは無理だろう、出来たとしてもあまりに金がかかりすぎる」
「あのスタジアムの壁面には高精度のプロジェクターが何十、いや百台以上も設置されていて、そのプロジェクターからスタジアムのフロアに巨大な映像を投射しているのか? だとしたらその数百台のプロジェクターの映像をシームレスにつなぎ、あたかもひとつのスクリーンに映像を映し出すようにするには何十台というコンピュータとそれを正確に制御するシステムが必要だろう、この美しく巨大な映像をスタジアムの中に映し出すためにバックサイドではどれだけのひとが動いていることだろう?」 開会式の映像を見ながらそんなことばかりを考えていた。
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●この開会式はある意味映画を圧倒的に超える映像体験でもあった。映像だけではなくその映像に包まれるようにで踊り、演技をする人々、実際の人物と映像の見事な融合。3時間の映画というと最近は「長いな」と感じてしまうのだが、開会式は3時間以上の長さにも関わらずその美しさに見惚れて時間の経過がまるで気にならない。
●一体どんなグループがどんなシステムを使ってこんな映像を作り上げているのだろう? 興味が湧いて調べてみた。
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バンクーバーオリンピック開会式 総合プロデューサー:オーストラリア デービッド・アトキンス(David Atkins)
デービット・ アトキンス・エンタープライジズ
 David Atkins Enterprises (DAE)

 http://www.davidatkinsenterprises.com/

●2000年のシドニー五輪、2006年ドーハ/アジア競技大会の開会式もプロデュースしている、この手のスポーツ大会の開会式演出では相当に腕を奮っているプロデューサーであり、その人が率いる会社らしい。映画とは舞台が異なるが、同じ映像表現という場において、この人、そしてこの会社のスタッフは、映画製作における名監督、スタッフに匹敵する仕事をしていると言っていいだろう。今回の開会式を見てその非常に斬新で新鮮、美しい映像表現にとても感嘆した。
●『アバター』の3D映像は確かにすごかったが、それはやはり映画館のスクリーンの上でのこと、バンクーバー五輪の開会式はあの広いスタジアムすべてを使った映像表現として『アバター』以上に革新的であり革命的なのではなかろうか?
●こういった新しい映像技術にはPANASONICSONYが関わっているのではないだろうかと思ってしらべてみたところ、この映像システムを作っているのは
フランスのETC(ウーテーセー)社という企業で「Onlyview」というプロジェクション・システムが使われているという。
参照URL
フランスETC社:http://www.projecting.co.uk/ETC/Onlyview/About_Onlyview/about_onlyview.html
日本代理店ETC-pigi社:http://www.etc-pigi-japon.com/09/only_view.html
日本の代理店のページにはこんな説明がある。
「Onlyview は、映像を複数のスクリーンへシームレスに送出することが可能であり、その全てを一つのマスターPCで制御できるシステムです。また同時にパワーポイントや中継映像など、外部から複数の映像ソースを取り込み、映像の中に配置する(ピクチャー・イン・ピクチャー)ことも可能です」
「Onlyview は、自由にスクリーン配置を設計することができます。例えば壁面全体を一つの画像に、また、例えばマルチに散りばめたスクリーンを一括して制御することも可能です」



ネットで検索したところこんな説明も見つけたので一部を引用させてもらう。
「Onlyviewはフィールドに対し、両サイドから30台近くのプロジェクターで投影し、補正をかけて一つの映像フィールドにする多重映像合成システム。カナダのケベックで行われた映像イベントや、昨年のエッフェル塔120周年イベントでも使用されている」[,w600]
●あれだけの広い空間に複雑な映像を組み合わせてひとつの映像として合成しているとは。自分の最初の想像では百台以上のプロジェクターと数十台のパソコンを使ってたくさんの人手をかけてコントロールしているのではと思ったのだが、30台のプロジェクターと、そこから投射されるすべての映像をシームレスにマッチングさせ全体で一つの映像として合成するのにマスターPCが一台だけで制御している・・・・驚いた。映画の撮影技術も凄いスピードで進歩しつづけているが、こういった映像投射システムの世界も驚くべき進歩をしているのだなと感嘆する。コンピューターの進歩、その処理能力の工場、ソフトウェアの開発によって今まで観ることのできなかった映像が映画の世界には飛び込んできた。『ジュマンジ』から『スター・ウォーズ』そして『アバター』と映画映像の進化を目にしてきたが、今後どこまでもこの進化が続けば、現実と見間違うかのような仮想空間が映像技術によって作り出されることにもなるだろう。CGIにばかり頼った映像表現には辟易するが、もっともっと驚くような映像を見てみたいという欲求も果てしなく続く。嘘で誤魔化すための映像ではなく、本当に感動する驚くばかりの映像をもっともっと見てみたい。
北京五輪の開会式、閉会式はチャン・イーモゥが総合プロデューサーということで期待もしたが、最初から「なにかこの開会式にはスポーツの祭典の爽やかさがない」と感じていた。案の定、女の子の口パクやら、予め合成された花火の映像を堂々と開会式の映像として全世界に流すなど、後から次々と嘘の皮が剥がされていき、今となっては賞賛されぬ虚偽にまみれた演出として名をとどめてしまっている。最初からあの足跡の形の花火が会場に向かっていくシーンは「これは嘘だろう」と思っていたし、とかく人の頭数だけを揃え、ズラリと並んで太鼓を打つなど、中国と言う国のスケール感を出そうとしたのだろうが、いかにも社会主義的な強制の下に行われている感じを受けた。そこにはスポーツの祭典にあるべき、明るく、伸びやかで、晴れ晴れとした空気が漂っていなかった。もちろんオリンピックの前に行われたチベット民族運動の弾圧、中国の行為に抗議して全世界に広がった聖火リレーの妨害などの黒い影が北京オリンピックには覆い被さっていたことも一因であるに違いないが。
●あれから二年、カナダ・バンクーバーで行われた冬期オリンピック開会式には冬の凛とした清浄な空気が流れ、同じくCGを駆使した幻想的な映像エンターテイメントとして素晴らしいものであった。そして感動もした。しかし、幻想的な開会式に酔いしれていたその裏では、五輪に反対する抗議デモや商店街での破壊活動などのデモが起きていたと言う。貧困層に対する抑圧や、人工の多くを占める移民に対する無政策、薬物問題など表には見えない、いや見させないように制御されていた暗い問題が横たわっているという。先住民や多民族に配慮した演出というのは北京オリンピックの開会式でもバンクーバー・オリンピックの開会式でもことさらアピールされていた。だが、それは国や政治の偽善的イメージ統制であり、その点で二つのオリンピックの開会式は同じく偽善的なものだったと言えるのかもしれない。
●映像の世界ではどんどんと革命的、革新的なことが起きている。現実の人間社会では・・・革命も革新も起こらず、資本主義の暴走の中で反革命的なことが邁進しているのかもしれない。