映画「海街diary」が生まれるまで

・久しぶりに“これは観たい”と思える作品。

・今週末の公開を前にしてメディアミックスのプロモーションが相当に行なわれている。住友林業のタイアップCMはかなりのGRPで流されている。人気番組に4姉妹が出演というPR企画ものも多々。この月曜日からはSWICHなどの雑誌で「海街Diary」「是枝作品」といった特集物が何冊か出され本屋の棚に並んでいる。

・是枝監督の前作である「そして父になる」もカンヌで審査員賞を取ったということで話題にはなったが、今回ほどのプロモーションは行なわれていなかっただろう。思うに「海街Diary」はこれまでの是枝監督作品の中で最大級のプロモーションが行なわれているであろう。

・前作「そして父になる」がテーマとしては重く、社会的な告発的部分を持っていたのと違い、今回の「海街Diary」は家族の絆がテーマという部分では若干の重さはあるが、前作に比べれば圧倒的に観客にかかる負荷は少ない。観客にかかる負荷というものはある程度必要だ。まったく負荷のかからない、お笑い、コメディー、アクション映画などと違って、適度な負荷は映画の深みにもなり、感動の源泉にもなる。重すぎては辛い、軽すぎては見応えがなくなり中身が浅くなる。“適度な、ちょっぐっとくるような負荷”それが当たる映画には丁度いい。そして観客にとっても。それは映画を見終えた後の観賞感として心に残る。一冊の本を読み終えた後の読了感に似たようなものが観客の心の中に生まれる。そういった意味で「海街Diary」は適度な緊張感をもって巧みにバランスを取っている作品と言えるだろう。いつもながら食べ物に例えれば、塩加減が、その塩梅が見る側にちょうどいい映画なのだ。

小学館、フジテレビ、東宝とくればメディアミックスのプロモーションなどお手のもの。まさに自分たちの土俵であり何をどうして作品を盛り上げていくかなど周知している組み合わせだ。だが、いくら手慣れた企業が手を組んだとしても映画のPRが必ずうまく行くなんてことはない。なによりも大事なのは作品そのものが世の中の期待や希望、映画を観る層に訴えかける、惹きつけるものを持っていなくてはどうにもならない。

吉田秋生の原作マンガ、その質、そして登場人物が4人の姉妹だということ、4姉妹のキャスティングが綾瀬はるか長澤まさみ夏帆広瀬すずという見事な組み合わせだということ、そして映画の舞台が湘南、鎌倉だということ。一つ一つが見事に押さえられたつぼであり、それが集積して仄かな優しい光に包まれている。温かい、人を惹きつける魅力を醸し出している。そういったものを内包した映画だからこそ、企業も「この映画に協力したい」「手を差し伸べたい」《この映画のイメージで企業イメージも一緒にアップしたい》と思うだろう。作品が持ち得た輝きと魅力があるからこそ、それを取り囲むPR戦略も上手く行く。公開前週にこれだけのクロスプロモーションが行なわれているのもやはり作品の良さありきだからだなぁとしみじみと思う。

BS日本映画専門チャンネルで過去の是枝作品の特集と、“映画「海街Diary」が生まれるまで”という番組を放送していたので見てみた。作品を観賞するまえにメイキングなどを観るのはあまり良いこととは思わないのだが、今回の番組ではあまり深く作品内容に踏み込むことをせず、監督の撮影手法だとか、脚本を作るにあたっての監督の気持ちだとか、そういったものが映しだされていて、面白く興味深かった。

・是枝監督作品としては「歩いても歩いても」で小津安二郎の姿を感じたが、この作品ではさらにその小津安二郎的様式美が強く見られるようだ。鎌倉の古い民家で座卓を囲んで食事をする姉妹の姿は、まさに小津の様式美の世界。この番組の中では「小津から成瀬へ」なんていうことも言っていたようだったが、日本にいる数多の映画監督の中で小津の様式や雰囲気、その手法を自作に取り入れ、取り入れただけではなく見事にそれを小津らしい様式美として映像に映し出している監督は是枝裕和だけかもしれない。

・監督というのは絶対君主のようなもので自分の思った通りい、自分の我のままに映画をとるというものだと思っているが、この番組のなかで是枝監督はカメラマンやスタッフの意見を取り入れて、絵の構図や角度、人物配置、カメラの方向などを修正していた。修正前と修正後の映像を比較するなど、この番組には撮影技法の解説などもあり、この手の番組としては実に面白い。

・劇場公開後の6月下旬にもう一本、同じくBS日本映画専門チャンネルで「海街Diaryメイキング」というのが放送されるらしい、これも楽しみだ。

・身近な場所である鎌倉を舞台にしたこの映画、「ああ、これはあそこだな、このシーンはあの角で撮ったな」なんいうのを見つけるのも楽しみだ。

・それにしても、湘南とか鎌倉、逗子なんかを舞台にすると映画ってなんていい感じなるんだろう。この辺は、町やそこに流れる空気そのものがなにか人を惹きつけるものをもっているんだなぁ。美味しい店も本当に多いし。(高いけど)

・生シラス丼を食べるシーンとその時のセリフはちょっとわざとらしいな〜と思ったが。

関連日記

2008-07-02 『歩いても 歩いても』是枝監督が手に入れた小津安二郎的映画感・・・久里浜、葉山が舞台だった。

2006-05-15 『ラヴァーズ・キス』小粒だが、青春映画の佳作としてgood! ・・・吉田秋生の実写映画化として秀作。舞台は江ノ島から長者ヶ崎あたりまで色々。

2006-06-18 『タイヨウのうた』・・・・・・泣けた。・・・是枝、吉田秋生とは関係ないが、湘南鎌倉を舞台にした映画としてはとてもイイ作品。これは七里ヶ浜がメイン。