『お茶漬けの味』(1952)

小津安二郎といえば『東京物語』(1953)、 『秋刀魚の味』(1962)の二つが代表作となるだろうが、『東京物語』の一つ前に作られた『お茶漬けの味』を鑑賞。

●ジャケットの写真からしてずいぶんピシっと決めた背広と着物の夫婦が並んでお茶漬けを食べているもので「なんだかちょっと感じが違うな」と思っていた。「東京物語」や「秋刀魚の味」のような庶民的な生活をきっちりと描くのが小津安二郎の得意とするところだろうと思っていたこともあり、この身なりを整えた夫婦の写真はとても庶民的には見えなかったのだ。

●小津独特の様式美はもちろんこの作品でも健在で美しいのだが、ストーリーがいまひとつか。お見合いで結婚しそれほど愛情も感じていない(と思っている)夫婦のがみがみ、嘘をついての旅行など、ちょっと話のベースがギザギサした感がある。自分が小津作品に求めているものが優しさやほのぼのとした暖かさというものなせいか、この映画の基盤となるストーリーはなんだか嫌な感じ。

●夫婦が住む家も、今から見ても豪邸、屋敷のような家であり、お手伝いさんを二人も雇っている。それも庶民的な人間生活を描いた「東京物語」「秋刀魚の味」とは明らかに異なる設定。

●お金持ちの夫婦のとげとげしくギクシャクした関係・・・これは観ていてあまり気持ちのいいものではない。まだ若く純粋な姪の節子(津島恵子)の存在がなければ相当にぎすぎすした女たちの話になってしまっていただろう。

●話がこんな感じだから、なんだか面白くない、話に引き込まれない。温泉宿で池を泳ぐ鯉を夫に見立て「どんかんさん」なんて言っている場面もなんともはや。

●やはり小津作品の中ではこの後に作られる「東京物語」「秋刀魚の味」などのほうがずっと良かったなと見ながら思ってしまう。「東京物語」のほんの一年前の作品なのだが「お茶漬けの味」には「東京物語」のような熟成は感じられなかった。

●それでも、ようやく最後になって小津らしさが出てくる。ウルグアイモンテビデオに行くことになった夫(この当時でモンテビデオって凄いな)が飛行機の故障で夜中に家に戻ってくる。(飛行機もプロペラ機でこんなので太平洋横断できるのかと思ってしまったが)

●家を勝手に飛び出して旅行に行き、海外に出る夫の見送りもしなかった妻が丁度戻ってきていて、夜中に夫婦二人で語り合う。腹が減ったから何か食べようと普段はお手伝いに任せている台所に行き「お茶漬け」の用意をする。食事の準備なんかほとんどしていない妻が糠味噌に手をいれ香の物を取り出す。そして二人でひっそりと食事をする。手にまだ残る糠の匂いが気になる妻、それを嗅いでみる夫、二人のささやかな会話。細かな作りこみがたくさんされている場面。

●最後には「これだよ、夫婦はお茶漬けの味なのさ」と言って締めくくる・・・・ん、さすが小津と映画の最後で納得できた。

●終わり良ければ全て良しというのは映画にはあまり当てはまらない、一つでもいいシーンがあればそれで良しと思う映画もあることはある。本来はどこにも手抜きがなく、みっちりと作られた映画がいいと思って入るけれど、この「お茶漬けの味」はその後の小津作品の良さには敵わぬところがあるが、最後のお茶漬けを食べるシーンがあったので、なんとかこれも良しと思えた作品であった。

●やはり小津はもっと庶民的な生活を描いた作品の方がずっといい。

●翌年の「東京物語」では年老いた夫婦役を演じた笠智衆だが、この映画の中でパチンコ屋を経営する男として出てきたときはずいぶん若く感じた。笠智衆は1904年生まれということだから「お茶漬けの味」「東京物語」の時は47歳から50歳位、連続して作られた二作品に出ているのに「お茶漬けの味」では格好もあるのだろうがまるで40歳前半位にも見える。これも映画の魔術かな? 余りに若く見える笠智衆に少しおどろいた。

◎今回観たDVDはデジタル・リマスター修復版ということで松竹が2008年にリリースしたものなのだが、非常に音質が悪い。ざぁざぁとノイズがずっと被っているシーンが延々と続いたり、映像が揺れたり止まったりするようなシーンもある。古い映画なのだから許容して観るのだが、黒澤作品などのリマスター修復版と比べると余りにも品質が悪い。『東京物語』は酷くは無かったが『お茶漬けの味』はマスターフィルムの保存状態が相当悪かったのだろうか?それにしても今の技術なら音声ノイズはもっと取り除けると思うのだけれど。