『クイール』(2004)

視覚障害者、視力を失った人、目が見えない人、視力が弱く日常生活を送る上で支障がある人を扱った映画。そしてそういった人を補助する盲導犬のことを扱った映画。
・視聴覚障害者や盲導犬を扱った映画というのは少ない。一昔前ならともかく、今ではそういった映画で動員を集めるのは難しい、つまりもうからない、製作に至らない・・・となるのだが、この映画は20億を越える興行収入

人々の感心は視覚障害者、盲目の人の生活やその厳しさ苦しさではなく、可愛い犬に向けられた。
映画自体も視覚障害者が感じたり受けたりする実社会、実生活での差別、苦しみ、健常者からの蔑視、偏見といったものは殆ど描いていない。視覚障害者の暮らしの辛さ、厳しさ、暗さという直視したら暗く落ち込んでしまいそうな要素はさらさらとフィルムの表面を滑らせ、観客に棘が刺さらぬような撮り方になっている。

この映画のヒットは可愛い犬の物語として、動物愛護者、気持ちだけは動物愛護者といった人、若者、女性、女の子、おばさん、OL、そういった人たちの「かわいいー」という気持ちを引き出すことで生まれた。この映画は犬の可愛らしさの映画になっていて、視聴覚障害者や盲導犬の映画にはならなかった。いってみればかってTV局がたくさんつくった可愛い動物を主人公にした映画と同じなのだ。仮に監督がそうではない部分を折り込もうとしていたとしても、出来上がったこの映画動物愛玩映画になっている。

だから、描いている対象の本当の姿、それを取り巻く現実の環境と、描かれた映画の姿に乖離があるのだ。そういった映画は割と多い。

この映画を観た人の多くは視覚障害者の現実、その生活などではなく、可愛いクイールに目を惹き付けられ感動していたのではなかろうか。

20億超という興行収入が示しているところはそこにある。

それでも、いくばくかの人が視覚障害者のことや、盲導犬のことに感心を持ったならいいとすべきかもしれないが。

聴覚障害者や盲導犬を扱いながらも、この映画は社会問題をあらわにするのではなく、動物愛玩娯楽映画として出来上がっている。

原作写真集『盲導犬クイールの一生』から盲導犬という言葉を抜き、観客に盲導犬というなにか暗い絵を想像させる要素を取り除いたことは、そのままタイトルから観客が想起するイメージを動物ものに誘導使用としたあらわれ。ポスターなどのビジュアルも可愛い犬の写真で構成する。それらはヒットさせるための仕込み。

繰り返しになるが、ヒットしたことで今まであまり表にでていなかった、盲導犬視覚障害者のことに意識を向けるひとが少しでも出たならそれはいいことだと捉えられなくも無いが、この映画自体はそういったものを知らしめようと意図して作られた物とは違う。

観客の中で、クイールかわいいっ!ていう以外の反応がどれだけ生じているだろう。

クイールの演技はHACHIに匹敵するかそれ以上。

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