『ネバー・クライ・ウルフ』(1983)

●北極圏の自然描写が美しい。雪を被った急峻な山並み(これはアラスカの山に見えるが?)、広大な原野を白い息を吐いて走り回るカリブーの大群。夕暮れの淡い赤に染まる北極圏の大地。そしてオオカミ達。

●オオカミの表情に野生の険しい目、獲物を狡猾に狙う険悪な表情は見て取れない。オオカミの表情はペットの犬のような優しいく従順な顔だ。仕方ないことだろうが、きっと撮影用に調教され飼いならされたオオカミなのだろう。

●北極圏のカリブー(トナカイ)が減少しているのはオオカミの所為ではないかという人間の推定から始まったオオカミの調査、研究だが、結局は主人公の調査でそれは間違いだということが分かる。しかし人間は金儲けビジネスを行う為に自然豊かな大地を開拓しようとする。大地を採掘し温泉施設を作ろうなどと考える。その為に危険な動物であるオオカミは邪魔だった。最後には白人だけではなく、自然を敬い守ってきた現地住民のイヌイットまでもが、白人の側に立ち、開発者側の白人に手を貸すようになる。オオカミを殺してでも。それは人間の、金と新しい文明化された生活への憧れと欲望、それは自然をないがしろにしても、調査結果を反故にしても金もうけのための開発を進めてようとしてきた人間のエゴ。

●残された大自然の土地までをも開発しようとし、その為に邪魔となれば、今度は生態系保護の為だ、自然保護の為だと恥知らずで白々しい嘘をついて邪魔なオオカミを消そうとした人間、白人、アメリカ人に対する静かで強い非難。

●「北極圏に温泉がある、日本人を呼び込んで開発すれば、温泉とサシミで一儲けさ」ラスト近くにこんなセリフがある。このシーンは観ていて不快感があるが、1983年当時と言えば日本はバブルの真っ盛り、GDPは世界二位に躍進し、海外不動産を買いあさりまくりの状態。このセリフには金でなんでも買いあさる。そんな日本への当てつけや揶揄が含まれているだろう。考えてみるとこの頃のハリウッド映画には日本を非難、嘲笑するようなちょっとしたシーンやセリフが良く見受けられた。あの頃の日本はさしずめ今の中国のような状態だったのだろう。

●オオカミを観察する主人公の姿、その行動の面白さ。自然を映した映像の美しさは見応えがあるが、話としては煮え切らない部分がある。

●原作は未読だが、ネットで興味深いコメントがあった。(下記引用)
アメリカ人(作者)自身による白人の生態系破壊への鋭い批判は、映画では日本人への揶揄に置き換えられている。また、原作ラストにある、帰りたくはないのだけれど自分が白人社会へと帰って真実を訴えねば誰がオオカミの代わりに彼らの無実と、トナカイ虐殺の真実を訴えるのだろう、という原作者の決意、そしてそのために出した報告書がなしのつぶてでオオカミの「駆除」が続いたという虚しさ悔しさが、ここではまったくふれられていない。痛烈な白人社会への批判が日本人への揶揄へと置き換わっているだけでも噴飯物なのに、ラスト、主人公がオオカミを「見捨てた」ことが、さらに許しがたい」

なるほど。

●監督:キャロル・バラード『WIND/ウインズ』

●カナダの動物作家F・モワットのベストセラー小説の映画化。
 日本版:「オオカミよ、なげくな」紀伊国屋書店 (1977 )
 現在は絶版のもよう。

●この作品も未だ日本ではDVD化されていない。もう今更DVDじゃないから、この美しい北極圏の自然の景色は徹底的にレストアされたハイビジョン画質、ブルーレイでこそ観たいものだ。