『ヘアスプレー』

●最近のミュージカル映画は余り好きではないが、これは割といい感じだ。作品の雰囲気が昔のミュージカル映画に似ている。

●ミュージカルの基本はきちんとしたストーリーの台座があり、その上で話が進んで行く中で、突然登場人物が踊り出し、歌い出すというものだ。最初から歌であれこれを説明しようというものではない。歌はストーリーを華やげ、盛り上げ、押し進める重要ではあるけれど、あくまでメインはストーリーだ。映画なのだから。

●『マイ・フェア・レディー』『ウエストサイド・ストーリー』『サウンド・オブ・ミュージック』『メリー・ポピンズ』、昔のミュージカルは基本となるストーリーが良く、また歌の唄い方も節度があり、その美しさに耳を傾けられるものばかり。しかし昨今のミュージカルはやたら唄うシーンばかりを強調し、さして歌のうまくもない役者ががなり立て、ガーガー、ギャーギャーと叫んでいるだけのような唄い方をしていて趣もなにもあったものではない。だから最近のミュージカルは嫌いになった。『シカゴ』にしろ『ドリーム・ガールズ』にしろガーガー五月蝿い騒音のごとき歌を延々聞かされてほとほと大嫌いに拍車が掛かっていた。

●この『ヘアスプレー』は昔のミュージカルのいいところを抽出しているかのようで、踊りのシーンも、歌も往年のミュージカル映画を観ている気持ちになるもので、これならOKだ。

●全くの新人だというオデブちゃんのニコール・ブロンスキー。その堂々たる演技と唄い方は驚き。ハリウッドでは日々演技や歌の練習を重ね、努力し頑張っている下積み層が分厚いから、こんな逸材がきっとたっぷり控えているのだろう。新人といっても日本のようにまったくのずぶの素人ではなく、何年も練習、努力をし力を蓄えて、いつか日の目を見ることを夢見て頑張り続けている役者予備軍は素人ではなく、準玄人なのだから。

●ずいぶんと明け透けに黒人差別や人種差別、容姿差別、TV局の偏見、差別などをストーリーに取り入れているが、この部分は好きではない。南部ボルティモアという背景設定ではあるが、真剣に差別問題を考えて話の中に取り入れているとは思えない。こういう話題も組み込んだ方が少し話が膨らむだろう、注目も集まるだろうという策でやっているとしか思えない。問題を取り上げつつも、問題を考えていない。疑問も非難、告発も糾弾もしていない。アメリカに横たわっている社会問題を嫌らしく体よく利用しているだけ。社会問題を冗談と遊びの道具レベルに扱っている。

●最初は「これも詰まらなそうだな」と思って観ていたが、だんだんと「割といいな」に変わって行った。ろくすっぽ考えてもいない上っ面の偽善的な社会問題の取り上げ方などせず、純粋に娯楽ミュージカルとして磨き上げていれば本当の名作になっていたかもしれない。

●ラストのダンスシーンは非常にいい。

●「見終わったら元気になる」なんていう感想や評価は、なんら映画の中身に踏み込んでいないていたらくなイイ方。感じ方。どうしてそう思うのかを考えて言葉に出さなければ、なにも映画を語っていない、鑑賞した後の気持ちを形に出来ていないというようなものだ。

●まるで異形の妖怪のような母親はジョン・トラボルタだったとは驚き。こんなへんな爬虫類が丸く肥大化したような人間はいないだろうと思って観ていたが。

参)ミュージカル名作映画 http://www.moon-light.ne.jp/goods/musical.htm