『手紙』(2006)

●公開は2006年11月3日・・・かなり話題にものぼり映画もヒットしていたということだが、殆ど記憶にない。自分が一番映画から遠ざかっていた時期かもしれない。

●犯罪者の家族、その家族の側の苦しみ、社会的差別などを取り上げた作品ということになるが、同じ視点で描かれた作品としては「誰も守ってくれない」(2009.02)が記憶に新しい。

●どこからともなく殺人犯の弟ということがバラされ、アパートを終われ、職場を追われ、家族や子供たちにまでその影響は及ぶ。

●取り上げている”題材””テーマ”は非常に重く、根深く、深刻なのだが、この映画の根底にその重さや深刻さを四つに受け止めている気概、重責感、真剣さがなぜか感じられないのだ。それとも故意にその部分の色づけを薄くしたのか? 余りに重くなっては映画としてのヒットの足枷にもなる。

●この映画余りにもさらりとしている。話の流れは非常に深刻で重いのに、表面だけをさらさらと舐めて物語を進めている感じがする。もう一歩踏み込もうという意思が感じられない。こういう話があるんだよ、と見せているだけでそこから先に進もうとはしない、監督にしても、脚本家にしても何か訴えようという熱が全然感じられない・・・・だから・・・作っている側の偽善性を感じてしまう。

●話の展開も、ストーリもどうにもこうにも、よくあるパターンでしかない。言ってみればもう過去に何度も使われているようなエピソードが多々目に付くし、もうそれはお決まりの展開でしょうというものだらけ。いわゆる手垢の付いたストーリー、使い古されたストーリーをかき集めて2時間が構成されているようにみえる。

●映画、ではなく、やはりテレビ的と言っていいかもしれない。監督:生野慈郎:TBSディレクター・・・映画というよりもこの作品はやはりTVだ。脚本の段階からテレビ的な立ち位置でこの作品は作られていったのではないかと如実に感じる。

●刑務所に服役している玉山鉄二はその他のイケメン的な役とは違い、今回の役は好演である。ラストにはそれなりに胸に来るものもある。

●犯罪者の家族の苦悩を描く・・・・別の視点として犯罪を受けた側の家族の苦悩は?となる。ラスト付近で少しだけそのシーンはあるが。

●映画を観ていると、決して言葉や演出からだけではなく、脚本家や監督の熱意、熱気、メッセージ性などがひしひしと伝わってくるものがある。駄作と呼ばれるものであってもだ。だが、この作品からそういった気概が感じられないのだ。大ヒットした原作を映画のヒットの方程式に当てはめてさも無機的に脚本化し、人気の役者をキャスティングし、ヒットする方向ばかりに体を向けて作られた映画なんじゃないだろうか?そう思えてしまう。

●要するに、この映画のスタッフはどれだけの深さからこのストーリーを考えこの映画を作っているのだろうというのが疑問なのだ。話の表面をなぞるだけで、喉元ほどの深さからしかこの原作に取り組んでいないのではないだろうか?

●それでも、そこそこのヒットを記録し、人気俳優を並べたこともあり、多くの老若男女が劇場を訪れこの映画を観たであろう。ベタなありきたりのストーリーであっても感動というもの少なからぬ人に与えたのであればそれでいいだろう。

●数多くの映画やテレビや演劇を観てきて、沢山の脚本、演出を観て来た者からすれば”手垢の付いた、使い古された話”であっても、そうではない、若い層、あまり映画や小説を読まなかった人などにとってはこの映画で見聞きすることも初めて体験するものとなる。立場、年齢、経験が変われば”手垢の付いた、使い古された話”も新鮮なものとして立ちうる。そうして驚きや感動は繰り返して供給されるのだから。

●俳優や宣伝に引きずられてこの映画を観た人々、がこの映画に、このストーリーに感動した、涙したというのであればそれはそれで良い。一つだけ思うのは、その感動や涙が、どれくらいの深さから出てきているものなのか? どれくらいの心の深さまで到達しているかということだ。

●表面的なストーリー、真摯さの薄いストーリーが人の心の奥まで届くことはありえない。この映画に感動した、涙したという人の心には、犯罪者の家族への社会的な差別、迫害、その家族の苦悩・・・そういったものは届いているのだろうか? 

●こういったストーリーは本来ならばはらわたをえぐられるような苦しみを観る側にも感じさせるものだ。だがこの映画はそういったグサッと刺さる部分を除いて作られている。

●犯罪者家族への差別という問題点をメインからそらし、兄弟愛という部分でラストに持っていった作為がある。

●この映画が与える感動と涙は、それこそテレビのトレンディー・ドラマ的な感動と涙であって、深く心の中に浸透し、影響を及ぼすようなものではない、しごく表面的で一過的なものではないかと思えてしまう。

●かなり否定的な評になってしまったが・・・・・。