『ドライビングMissデイジー』(1989)

●一人の老婦とその老婦の運転手となる老人のストーリーで、話しの筋は非常に単純であり、妙に曲がったり寄り道したりすることもなく実直に真っ直ぐ進んで行く非常に明解で単純極まりない話しだ。しかしその単純な筋の中に実に自然に、素直に、そして巧みに沢山の重要なモチーフが織り込まれている。あまりに巧みに織り込まれているため、本筋との馴染み具合がまるで違和感のなく、不協和音もなく、見事に融合している。ただ観ていたらさっと流れてしまいそうなくらい自然なちょっとしたセリフに痛烈な社会批判、人種差別批判、体制批判、人間批判が込められている。

●心温まる話しだ。だが、話の奥に埋め込まれた感情は優しさよりも人間に対する怒り、悲しみなのではないだろうか。ラストではそれを優しさで全部包んでくれてはいるけれど。

●1950年代のアメリカ南部と言えば、まだ黒人差別が白人の意識の中にも、社会の制度の中にも敢然と蔓延っていた時代。映画は老婦デイジーと運転手ホークの何気ない会話、やり取りをコミカルに描きながらも、同時に黒人差別の実情をシニカルに語っている。

●「黒人はトイレを使えないんですよ、ご存知でしょう」「犯人にされる者はいつも決まっている」何でもないストーリーの流れの中にさらりとこんなセリフとシーンが出てくる。面白がって観ていた自分の胸をズン、ズンと唐突に突かれるようでその度に驚く。マルテイン・ルーサー・キングの演説会の話、教会が爆破された話など、当時の社会状況がじわっ、じわっと画面に滲み出してくる。

●この映画は心温まる人間の心の交流の映画だ。それも黒と白、エボニーとアイボリーが人種という目に見えぬ意識の壁を越えて人間同士として心を通わせるというとても高貴な映画でもある。

●デイジーとホークの心の交流を実にコミカルに面白く描いているけれど、それは言ってみれば仮面のようなものだ。人種差別、黒人差別、ユダヤ人差別、それを行う人間の愚かさ、醜さを声高く叫びそれを変えようとキング牧師のように主張するのではなく、敢えてコメディータッチでハートウォーミングな映画として仕上げることで、映画を観るものの心にしっかりと確かに染み込ませ、その中に問題を非難し、批判し告発する言葉を織り込むことで本当の気持ちを伝えようとしている。

●徹底的に磨き抜かれ、いぶし銀のごとき演技を味あわせてくれるモーガン・フリーマンだが、この作品で最初に彼の演技を見たところ、現在の演技に比べどうも深みがない薄っぺらいチンピラ演技のように感じた。今から20年以上も前は流石のモーガン・フリーマンもこの程度の演技だったのか、などと思ってしまったのだが、観続けていると徐々に徐々にそういう軽薄さが演技から消えてゆき、ラストには文句の付け所のない素晴らしいシーンを演じていた。映画の最初に感じた軽薄さすらも彼の演技だったわけだ。そもそも最初から他のキャストを食ってしまうような演技をしてしまったのでは映画のバランスが崩れるわけで、その辺まで考え、全体の役者の中で演技の調和までも考えている。やはりフリーマンは凄いといえる。

●そして、なによりも素晴らしかったのはデイジーを演じたジェシカ・タンディアカデミー賞主演女優賞を受けたことにも素直に納得出来る。ラストシーンでホークが切り取ったパイを食べる姿には神々しささえ漂う。私の最大の友とホークに語るデイジー。エボニーとアイボリーはラストで調和する。温かく、優しく。

●優しさと示唆に富んだ映画だ。悲しみ、怒り、憤りを語りながら、絶望はしていない。ラストには大いなる希望と夢をも描いている。現実の厳しさ、人間の愚かさを語りながらも、希望と夢を忘れてはいない、そして理想までをも描いている。

ダン・エイクロイドは最近映画ではぱったり見なくなった。

●この頃のアメリカ南部の様子、社会はまるでイギリスのようだ。お城というほどではないが、立派な家に住み召使いを雇い、優雅な暮らしを送っている。(ように見える)

●デイジーを白人でありながらも差別を受けていた側のユダヤ人としたあたりも設定が巧妙。

1955年 モントゴメリーバスボイコット事件
1964年 公民権法成立 The Civil Rights Act of 1964

○この映画は思い出深いというか懐かしい。まだかなり若かったころ1990年の5月にスイスのジュネーブの映画館で観た。なにげなく街を歩いていたとき前年のアカデミー賞作品賞を受賞したこの作品が上映されていることを知り、時間もあったので映画館に入った。海外の映画館というのはまた日本とは違った雰囲気でドキドキするのだが、映画が始まるとスクリーンにドイツ語とフランス語の字幕が二段に出ているのに驚いた。ここはヨーロッパなんだなぁと実感した。あの頃はまだこの映画の良さなんて全然わからなくて「作品賞とったというのに、詰まらない映画だな」なんて思っていた。ストーリーもほとんど覚えていない。途中で寝てしまったのかも知れない。そんなこともあってずっとこの映画は詰まらない映画という感想が頭の中に住み着いていた。今回鑑賞したが、ほとんど覚えているシーンはないし、その意味ではほぼ初見に近いと言ってもいいだろう。20年間こんな秀作を詰まらない作品と思い続けていてもう一度観ようとしなかったのは反省だな。

●今回は、これを観たのはあのジュネーブで、もう20年も前になるのかと,遠い思い出と一緒に鑑賞した。

《あの頃観た映画を思い出してみた》
(1988年)マネキン、フルメタル・ジャケット太陽の帝国ランボー3/怒りのアフガン、グラン・ブルー、グッドモーニング, ベトナム、存在の耐えられない軽さ、タッカー、ディア・アメリカ/戦場からの手紙、さよなら子供たちマイライフ・アズ・ア・ドッグ
(1989年)レインマン、ダイハード、紅いコーリャン告発の行方レインマンミシシッピー・バーニングバグダッド・カフェ、なまいきシャルロット、黒い雨、彼女が水着にきがえたら226インディ・ジョーンズ/最後の聖戦、ニュー・シネマ・パラダイスゴジラvsビオランテ
(1990)7月4日に生まれてフィールド・オブ・ドリームス 、いまを生きる、オーロラの下で、少年時代、稲村ジェーンダイ・ハード2ゴースト/ニューヨークの幻、白い手、櫻の園トータル・リコールプリティ・ウーマンディック・トレイシー