『あの夏、いちばん静かな海』(1991)

久石譲の音楽がいい。この音楽が言葉、台詞以上に登場人物の心の動きを、感情を表現している。この音楽があってこそこの映画は名作になりえたのだ。

・くすんだ海の色
・真っ白じゃなくて灰色の砂浜 
・太陽光線の具合
・少し雲って霞んだ空
・波の色
・弾け水飛沫の輝き
・遠くにかすむ剣崎や三浦半島の岩と緑
・背中にある薄汚れて緑の苔が生えたようなコンクリートの堤防
・沖合いに浮かぶケッチを張った釣り船
・赤サビのついたボロボロの鉄階段
猿島、横須賀、馬堀海岸の堤防
・湿度のある空気感
・砂浜に散らばる石、乾いた海藻、ビニール袋、ゴミくず

それはそのまま三浦の海、相模湾の海岸の風景であり色、雰囲気だ。

●映像に流れる空気、光、そして匂い。丁度いい具合の太陽の日差し。住んでいる者がいつも肌で感じているこの海、太陽のありのままだ。南の島のビーチのような奇麗さじゃなくて、いつも身近にある、なんでもない普通の海、だけどとっても体に馴染んだ居心地のいい海。それが見事に映像に映し撮られている。

●まるで平日の人の少ない浜に出て海をぼんやり眺めているような気持ちになる映画。

北野武映画は嫌いだが、この作品は別。まるで別物。エグイ暴力シーンも、残虐シーンもなく、あざとい繋ぎは相変わらずだが、個性として受け入れられるレベル。とても単純で大きな山もなく静かに流れていく映画なのに、とても心に響く。

●ちょっとジョークを交えたわざとらしい演出部分にたけしの顏が浮かんで見えたりするのがマイナス。たけしの顏が映画の向こう側に見えるようなシーン何ヶ所かあり、それが難点。自分がたけし嫌いだというのもあるが、こういうった素直で美しい映画の中でたけし色を上治宅はなかった。見たくは無かった。入れて欲しくなかった、極力たけしの顏が浮かばないような映画に仕上がっていれば満点満足だったかもしれない。

●この映画を観ると、たけしに才覚はあるな、凄いな、認めようと思うのだが、他の映画を観ると、たけしは駄目って思ってしまう。

●ヒロインの大島弘子はこの映画に出たきりで女優業には進まなかったらしい。でもこの一本に出ただけで、未来までずっとその姿は多くの人の記憶に残り続けるだろう。

●昔はゴミ袋って中身が見えないように真っ黒だったんだなぁなんて思ったりした。

●1990年『稲村ジェーン』に対抗するかのようにして撮られた映画だということらしいが、そんなことはどうでもいいと思える良作。1991年『波の数だけ抱きしめて』などの海、湘南、サーフィンというキーワードに立脚した娯楽映画とはまるで別モノ。

●海はイイよ、サイコーだよ、湘南は青春だよ、やっぱり夏だよ、って映画じゃない。サーフィンの映画でも、夏の映画でも、ましてや湘南の映画でもない。静かで純朴な本当にごく普通の等身大の恋物語。妙な派手な目立つ演出を加えたラブストーリーよりも、もっと本当の、本当に心温まる若い頃の恋がそこには描かれている。それがなによりもいいのだ。

●この映画はとても好きだ。


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