『第9地区』

●「SFではあるが人間の差別を風刺している」なんていう話を聞いていたのでどんなものかと思っていたのだが、これは単に話を面白くしようとしてそういう設定を組み込んだというだけであろう。この映画の底にアパルトヘイトへの批判なんて社会批判の考えがあると言えるのだろうか?

●第9地区をアパルトヘイトのあった南ア・ヨハネスバーグに設定し、人間がエイリアンを差別し、いじめる話にしたほうが映画が面白くなるだろうと考えてやっている程度にしか見えない、思えない。(監督が南ア出身だということだが、それと感じることは別である。)

●この映画に社会性や思想性、批判性なんてものは表面的にしか感じられない。ご飯の上のふりかけ程度だ。そんな思想が映画の中に通っている様子なんて全然感じない。感じたのはエンターテイメントの名のもとに行われるあざとい演出だ。だから余計に、この映画を人間の本性をあぶりだしているだとか、弱者への差別をSFの中に織り込んで描いているだとか、社会性、批判性を持った映画だとか言っている記事を読むと馬鹿げた拡大解釈だと言いたくなる。

●いや、実際にはそういう社会性を含めた映画にしようという意図もあったのかもしれない。そういう脚本だったのかもしれない。だが、仮にそうだったとしてもそれは実際に映像化されたものからは薄められ、消えている。結局はアイディア勝負のグロ趣味のスプラッタームービーに堕している?。

●人間や社会の問題を風刺するような思想性や社会性、人間の差別の意識、その醜悪さ、そんな主張もなにもこの映画から強く受けることはなかった。あるとしても、ワニが巨大化して人間を襲い「原因は公害だ」なんて言っていた映画となんら変わりないとってつけの偽善的社会性だ。

●状況設定、名前、文字、印・・・そんなものを使った皮肉があれこれあっても、それを取り上げて思想性だ社会性だ、体制批判だなどというのはなんでもかんでも911同時多発テロの比喩だと言っている似非インテリと同じだ。この映画の表面にふりかけられているアイロニーは単なる言葉遊び、悪戯、児戯だ。それをさもありなんという感じで、差別だ、体制批判だ、人間批判だなんて言ってる批評、感想の類には悪寒が走る。そんな仔細な言葉遊びを社会批判だなんてものと結び付けるなど、被害妄想にも近い考えだと言いたくなる。

●この映画にそんな思想性社会性があるといえるか!ちょっと味が足りないから薬味としてちゃちゃちゃと皮肉ったエッセンスを降り掛けらているだけではないか。うどんの上にのっかったネギを取り上げて、このうどんは凄いんと言っているかのようなものだ。薬味に目がいって薬味を変に都合良くあれこれに結び付けたり解釈して、映画そのものを見誤ったような感想、批評がやらたと目につく。

●一派横並び、画一的。「皆が言うから自分もそう思う」的でおぞましくなる。「そう言っておくのが物分かりがよくてインテリっぽい」的な虚栄心が透けて見えるようだ。そんなものは足の裏で、靴の爪先でぐりぐりと踏みつぶして地面に埋め込む対象だ。

ロード・オブ・ザ・リング以降のピーター・ジャクソンは何をやっているんだろう?キング・コングは愚作だと思うし、その後もマトモに映画撮ってないし。もともとホラー系の作品を作っていたのだからロード・オブ・ザ・リングは異質だったのか。あんなすばらしい3作品を作った後のピーター・ジャクソンはWetaの運営だとかビジネスで忙しいのか知らないが、なんだか映画監督としてはがっかりという印象だ。

●黒い液体、細菌を吹き出した細いカプセル、その黒い液体、人間の細胞を変化させて宇宙人にしてしまう細菌が、宇宙船を動かすエネルギーなのかい? それっておかしくない? 妙じゃない? 変てこじゃない?この設定。細菌とかDNA成分で宇宙線を動かすのかい?これも何も説明ないからこじつけてなんとでも言えるが、そんなもんをゴミの山から20年かけてようやくちょっとばかしカプセルに集めて、それであの巨大宇宙船を動かす? なんとも説得力のない訳のわからん話だ。

●第9地区がスラム化している様子は映像で出ているが、エイリアン人口が増加して何十万人にもなったって雰囲気はまるでない。そんな何十万人がぎゅうぎゅうに押し込められて生活しているような膨張して膨れ上がって爆発しそうな圧迫感も緊張感も全然ない・・・。

●アイディア一発勝負の『クローバー・フィールド』を観て大失敗だと感じていたから、今回もこの映画には同じような臭いを感じていた。観ようかどうか迷ってながら観た状態だった。まあそれなりに面白くはあったが”別に”という感じである。この映画は単なるB級のスプラッターSF映画だ。

●3年後、3年後と強調されていたが、3年後に宇宙船が戻ってきてエビになった地球人を元に戻す話のパート2が作られるのか? 次回作を予想させるような映画の作り方は魂胆のいやらしさが鼻について好きになれない。そういう作りの映画は多いけれど。ヒットしなかったら次回作もない。映画にはその魂胆だけが残りさらにみすぼらしさを晒す。この映画はヒットしてるからパート2がもう企画されてる? この一作だけで終わったら最悪である。まるでハリウッド版ゴジラのごとくだ。

●宇宙船がやってきてエイリアンを第9地区に隔離して20年。なんで大将が逃げるとき働きバチのエイリアンを一緒に宇宙船に乗せてやらないのだ? 光線でひっぱりあげればいいだろう。人口が増えてしまって全員を乗せられなくても、こんなでかい宇宙船なんだから来たときと同じ数くらいは連れて帰ればいいだろう。

●エイリアンの動きのナチュラルさなどは驚いたが、それだけ。あとはどうでもいい作品である。

●〔大えび〕a lobster; 〔伊勢えび〕a spring lobster; 〔車えび〕a prawn; 〔小えび〕a shrimp・・・・確かにこのエイリアンは車エビ Prawnだな。日本で通常エビといって一番に頭に浮かぶのは寿司のネタになっている赤く色づいたエビ、これはバナメイとか言うらしいが、この映画のエイリアンは日本人的感覚だとエビに直結するイメージに直結しない。

第9地区』関連サイト
公式サイト:http://d-9.gaga.ne.jp/
日経トレンディ:http://trendy.nikkeibp.co.jp/article/lcc/20100407/1031449/
yahoo映画:http://info.movies.yahoo.co.jp/detail/tymv/id335765/
映画.com:http://eiga.com/movie/53212/
goo映画:http://movie.goo.ne.jp/contents/movies/MOVCSTD15766/index.html