『アラビアのロレンス』(1962)

●「アラビアのロレンス」を観るといつも思う。映画とはこういうものだ、映画とはこうあるべきものなのだと。本当に映画らしい映画、生粋の正真正銘の映画。大作という名にふさわしい映画。これは紛うことなき映画の金字塔であり、オールタイム・ベストから決して外れない一作だと。

●映画がその特性をいかんなく発揮し、映画であるからこそ描き出すことの出来る壮大なスケール感をなんの惜しみもなく表現し、存分に、たっぷりと味あわせてくれる作品。『アラビアのロレンス』を観ると、映画を観た幸せ、満足感、体も意識もとっぷりと満たされる。真の名作のみが持つ威光につつまれる恍惚感を体中で感じる。この映画はそういった作品なのだ。これぞ映画、これぞ本物の映画、これこそが映画のあるべき姿、何度観ても、何度でもそう思ってしまう作品だ。

●ある日ふと気が付いた。自分のベスト10映画を考えたとき、心に残る映画、これは傑作と思う映画の中にデビッド・リーン監督の作品が多いのだ。「戦場へかける橋」「アラビアのロレンス」「ドクトル・ジバゴ」。それまであまり監督というものを意識せずに映画を観続けていたが、自分のベスト10映画の中にデビット・リーン作品が3つ入っている。

●これは無意識に監督の作風、思想、哲学、監督が映画の中に包み伝えようとした映像の言葉に共鳴していたということなのだろう。それ以来誰かに「好きな監督は」と問われれば迷うことなく「デビッド・リーン」と答えるようになった。ただ、なぜか作品名は知っていてもデビッド・リーンという監督名を知らない人が多かった。「デビッド・リンチの間違いでしょ」と言われることも度々だ。映画を好きな人は沢山いる。だが、監督にまで関心を持っている人はほんの数パーセント程度だろう。自分も監督よりも出来上がった作品ありきという考えだ。いい映画を録った監督のその後もいい作品も録り続けることは思った以上に少ない。だがデビッド・リーンに関してはその作品の全てが正に映画らしい映画であり、傑作とよべる素晴らしい作品ばかりだ。

●生粋の映画人、監督、映画を映画たらしめることのできた本物の名監督、巨匠、そういった言葉がもっともあてはまる監督。それがデビッド・リーンと言えるだろう。

●「アラビアのロレンス」は昔TVで観て感動し、その後映像ソフトで何度も繰り返し観てきた。最初に観た頃は第一次大戦の各国情勢やアラビア半島周辺での列強の利害関係、主権争いの背景があまり分かっていなかったのだが、内容が大して理解できなくてもロレンスの生き方、ロレンスを取り巻くアラブの男達の生き方、その友情、そういったものに心打たれ感動していた。

●その後、当時の世界情勢やオスマン・トルコ(今はオスマン帝国と言うらしい)の西アジア支配やイギリス、フランスの主権争いなどを知るにつれ、この映画はまるで歴史の教科書、いや歴史そのものを再現した一大叙事詩なのだと思うようになった。”真実は小説より奇なり”という諺があるが、この映画の面白さ、ダイナミックさの根源は、人間が創作したストーリーではなく、人間の所業が生み出した実際の史実を再現している点にあるのだろう。これほどまでに面白いストーリーが実際に現実に繰り広げられていたのだ。それはまさに”真実は映画より奇なり”とでも言いうるものだ。

●久しぶりにNHK Bs-hiで放送されるということで、何年かぶりにこの長い映画をしっかりと見返したが、やはり面白い、徹底的に面白い。本当に”これぞ映画”と言える本物の映画なのだと改めて思った。

●この映画は2011年2月の時点ではまだブルーレイが発売されていない。NHKのハイビジョン放送がたぶん一番クオリティーの高い映像ということになるだろう。その美しさは流石であるが「2001年宇宙の旅」をハイビジョンで観たときほどの驚きはなかった。

●確認してみようと2001年に発売された完全版DVDを再生してみた。流石にDVDとハイビジョン放送では画質の優劣は明らかだが、DVDをずっと見ているとこれはこれでなかなか奇麗な映像だ。字幕のシャギーやロウソクの炎が揺れる部分でのブロックノイズなど、特定の部分で映像の乱れや汚れは散見されるが、DVDも十分に奇麗な映像状態である。
アカバの浜辺を歩くシーン。砂漠を真っ赤に染める太陽。ガシムを探しに行ったロレンスが戻ってくるのを召使いになった少年がラクダに乗って待つシーンの砂漠の白さ、空の青さ、その二色のコントラストの美しさ。この辺りはDVDでも十分に美しいシーンだ。(もちろんハイビジョンの方が美しいがハッと息を飲むほどの違いはない)

●スーパービット版のDVDもどこかにあったので、それを観ればもっと奇麗だろう。ということは、ひょっとしたらしっかりとリストアされたブルーレイが発売されれば、驚くばかりの美しい映像を観ることが出来るかも知れない。これには期待したい。

●4時間近い映画を一気に観ることなどめったに無いし、普通は途中で飽きてしまう。だが「アラビアのロレンス」は何度観ても、一度観始めたら最後まで観続けてしまう程に面白い。やはりこれは最高の一作だ。

◎エジプトで独裁打破、民主化要求のデモが激化し、アラブの国々に革命の嵐が吹き荒れているちょうどこの時期に、大トルコ帝国からのアラブ独立を題材としたこの映画が放送されるというのもなにか因縁めいたものだろうか。ただ、この映画を観て、この映画に描かれているオスマン帝国からのアラブ人独立運動を、今のアラブ諸国の革命運動と結び付ける視点、認識を持つ人は少ないのではないだろうか。かってのオスマン帝国は今のアメリカに置き換えられる。現状のアラブ世界は、アメリカとアメリカの支援の下でアラブ人を抑圧する政府、国家、独裁権力者に支配されているとも言えるのだから。アラブ諸国で吹き荒れる革命の嵐は、背景にあるアメリカ支配に対する反発、暴動、民主化の動きだ。この動きがどうなるか、今後の世界を変えていく発火点になるのか、アメリカによって巧妙に隠されたまま歪められてきた21世紀、それが少しでも伊井方向に変わっていけばいいと願う。
*2011年2月12日 遂にムバラクが海外に逃亡した。エジプトで民主革命が成立するかもしれない・・・まだ余談は許さない状況であろうけれど。

☆NHKBShiの尺は約3:45分(225分) 序曲、休憩、終曲のブラックアウト部分を除く。
完全版(227分)オリジナル版上映時間は、207分
トーマス・エドワード・ロレンス:ピーター・オトゥール
ファイサル王子:アレック・ギネス
ハウェイタット族アウダ・アブ・タイ:アンソニー・クイン
ハリト族シャリーフ・アリ:オマー・シャリフ

・ファイサル王子があのオビワン・ケノビ:だと今回初めて気が付いた。まるで風貌が違っているのでアレック・ギネスとはまるで思っていなかった。本当にアラブの王様のようだ。
アンソニー・クインにしても、オマー・シャリフにしても本当にアラブの族長そのもの。キャスティングも凄いが、役者の演技力も今のちゃらちゃらした流行り俳優とはとても比べられないレベルの高さ。