『ハーツ・アンド・マインズ』(1974) ベトナム戦争の真実

ベトナム戦争終結を1975年とするならば今年で35年が経過したということになる。TV、新聞、雑誌などのマスコミ、メディアはなにか区切りのいい年に話題作りで「終戦何十年」「没後何十年」などといった特集を組むが、ベトナム戦争に関しては日本でそういった特別な番組が多く放送されたという記憶はない。全くゼロではないだろうけれど。

NHKという放送局はいろいろと問題も取り沙汰されてはいるが、コマーシャルベースで動く他の民放では決して作ることの出来ない、放映することのないような番組を取り上げ放送してくれる、それが出来る局だ。放送される番組自体に良きにつけ悪しきにつけ色々な意見、偏りがあったとしても、それを放送してくれるということだけで非常に有用な価値がある。

●最近のNHK-BSでは海外のベトナム戦争や世界大戦を扱った番組を多く放送している。今迄観ること知ることの出来なかった海外の視点での戦争映像、それは歴史を学ぶという点においても、今の日本、世界を考えるとという点でも非常に役立つ優秀な映像資料だ。

ベトナム戦争終結間近の年に製作され、アカデミー賞最優秀長編ドキュメンタリー賞まで受賞したこの映画が当時からずっと日本で公開されることがなかったというのも、この国の嘆かわしさか。その映画が昨年日本で公開され(DVD発売に合わせたプロモーション的傾向という部分は否めないが)、そしてそれがBSであるがTVで放映されるようになったということは、1975年当時よりも少しは日本も良くなっているとい言うべきなのだろう。極めて局所的に見てということだが。

●実際の戦場の映像、兵士が戦っている姿、ベトナムの人が殺される姿、政治家の詭弁演説、帰還兵のインタビュー、ベトナム反対集会の様子などが余計なナレーションなども入れず、淡々と繋ぎ合わされている。そこにはドキュメンタリー映画としての有るべき形があると思う。何も足さず、何も引かず、極力ありのままを観客に見せる。昨今のドキュメンタリーを謳った作品が恣意的な演出、編集、改ざんを行い、監督や製作者の思惑によって捩じ曲げられたような作りをしているのとは対照的だ。

●今迄静止した写真では見たことのある、ナパーム弾で衣服も皮膚も焼かれ皮が剥げたままの状態で裸で走る少女。空気に触れただけでも痛みが走るような状態なのに、無表情で立っているその姿を見ると黙って目頭が熱くなってくる。焼けただれた子供を抱く母親、手を合わせ祈り拝むようにカメラを見つめる老婆、ナパームが爆裂し森を焼き払う映像。静止した写真以上に物々しい恐ろしさと怒りが込み上げてくる。

●大きなうねりとなっていったベトナム反戦運動。その集会を鎮圧しようとする騎馬警官。「俺はベトナムに行ったんだ、この国とあんた達の為に戦ったんだ、それがなんでこんな扱いを受けるんだ」と叫ぶ男。国を愛したことが間違っていたと語る男・・・映像と共に語られる言葉は今でも重すぎるほどに虚しく悲しい。

●「ベトナムのことを理解していれば、イラクアフガニスタンで同じことを繰り返さなかったはずだ」という人もいるが、きっとベトナムイラクアフガニスタンも、そこで行われた戦争の過ちも、またいつか繰り返されるのだろう。過ちが広く遍く理解されることはないのだ。そして過ちを知っていても人間は私利私欲にかられて同じ過ちを繰り返すのだ。「自分は同じ過ちは繰り返さない、失敗はしない」と言いながら。

●9.11同時多発テロの怒りと激情にかられて、ブッシュが強行したイラクアフガニスタンへの進攻を擁護する報道を行ったアメリカの各TV局、メディアはブッシュ退陣以降自分たちが間違っていたと反省の報道をかなり行っているという(FOX TVを除く)。そういった情報は日本では殆ど流れてこない。

●最近のNHKにはかっての戦争や日本軍、戦争当時の日本政府、閣僚を糾弾するような番組が多い。また安保や沖縄問題に関する番組も近ごろあれこれ放送されている。それを自虐的だ、反日だと叩く人たちもいる。だがこのベトナム戦争の番組のように、他の局ではまずもって放送することのないような番組を数多く放送しているとう点で今のNHKは映像番組として価値は高い。(会社の内情とは別だ)判断するのは観た者だ。多くを見て知って調べて考える、そのことによって個々人の意識思考は形成されていくのだから。

●「ハーツ・アンド・マインズ」がBSで放映されたこと、これを観たことによって一人でも二人でも意識を変え、戦争やアメリカが掲げていた落ちぶれた大義を考えるきっかけになるのならばいい。だが、この映画が糾弾した戦争へ向かうアメリカという国の偽善と誤魔化しは35年経った今でもなにも変わっていない。それどころか国民を扇動し、事実を隠し誤魔化す手は巧妙になっているのだ。そしてアメリカという国は根本的にベトナム戦争を犯した当時となにも変わっていない。

アメリカ人は自分たちがアメリカを賛美することをPATORIOTISM(愛国心)と呼ぶ。NATIONARIZM(国粋、国家主義民族主義)とは決して言わない。だがそれは為政者によって誘導された意識、感覚なのだ。アメリカ人は国粋主義国家主義愛国心と言い換え、思い込まされ、扇動されてこれまで何度も戦争を行ってきたのだから。

ベトナムでもイラクでもアフガニスタンで日本がアメリカの肩を担いできたということ、こういった映画を観ているとこんな戦争に手を貸していた日本や政治家というものが本当に腹立たしく嘆かわしくなってくる。
・1975年 第47回アカデミー賞の最優秀長編ドキュメンタリー賞受賞
監督:ピーター・デイヴィス
YOUTUBENHKニュースがこの映画を取り上げたときの映像がアップされていたのが、これはいつか削除されてしまうかもしれない。