『シッコ』(2007)

●シッコ (sicko)=「狂人」「変人」を意味するスラング

マイケル・ムーアの告発映画にはいつも驚かされ、その告発を知ると今の社会に希望よりも絶望をしてしまうような部分すらあるのだが、この映画もかなりキツイ。観ているだけで腹が煮えくり返る。そして深い溜息がなんども意識せずに吐き出されてしまう。

●そんな思いがする話をエンターテイメント化して、映画に乗せてメッセージとして発するマイケル・ムーアの映画作りの手法とスタンスにも驚く。

●こういう社会批判をエンターテイメント映画とし、それが大衆に向けて大々的に公開されるということには大きな価値がある。それが出来る監督、映画、システム、社会状況は非常に少ない、というか稀であろう。それが出来る部分だけハリウッドは凄いと思う。だが、こういう映画が作られることによって、今のアメリカや不公正、非合理を正々堂々と行っている社会はどれだけ変化しているのだろう? 批判が無ければ状況は改善されない、しかしそれがどれだけの効果を現わしているのか? なにもしないよりも一歩でもほんの少しでも改善されれることは前進だ、だがそれで終わってしまったのでは体制に飲み込まれ敗北したことと同じ。畑の雑草を一本でも二本でもむしり取ることは前進だ、何もしないよりはいい。だが、畑は雑草に覆われたままであることに変わりない。

●日本人がエコノミック・アニマルと揶揄された時代があるが、今のアメリカの資本主義の名のもとに強欲に己の利益を貪り尽くす姿は、スクルージド・アニマルとでも言うべきだろう。強欲な資本主義のもとに金集めに奔走したアメリカの資本主義には正義も道徳すらもない。資本主義の原理、経済原理を声高に叫び己の利得を上げることに奔走した現在の資本主義は、暴走資本主義と呼ぶべきであろう。暴走した資本主義と人間の強欲は修正されるのだろうか?

●この映画が非難し白日のもとに曝け出している、人の命すら金に変える今のアメリカの姿は誰の目に見ても間違っている。

●保険会社が利益を掻き毟るために行うのは支払いの拒否。「否認するのは医療ではなく支払いだ」が常套句になっているという話。おぞましい限り。この映画を見ていると日本にも沢山進出してきている外資系の保険会社はなにかあったときにきちんと支払いを行うのか? あれこれと申告違反のいいがかりをつけて保険料の支払いを拒絶するのではないかと恐ろしくなる。日本ではこの映画のような酷い話はあまり聞かないが、アメリカの親会社がやっていることならいずれこの日本でも行われるようになるのではないか? そしてそれは日本の保険会社にも波及するのではないかと危惧する。このままなら近い将来、アメリカと同じことが日本でも起きる可能性もある。

●フランスでは市民が暴動は反政府行動を起こすから政府が市民に優柔な政策を取っている。保険にしろ、医療にしろ。アメリカは市民が暴動や反政府行動を起こさないよう情報を統制し恐怖心で民衆を圧している。そんな言葉を聞くと自由の国アメリカというイメージはもうとっくの昔に崩壊しているのではとさえ思う。

●この映画を観たことにより海外では医療費が殆どゼロだという国があることも知った。高齢者社会が訪れ社会福祉や医療が崩壊するからと保険料の値上げ、高齢者からの徴収まで考えている日本は一体なんなのだろう? ひょっとしてこの映画が指摘しているアメリカの医療、保険の腐敗、崩壊と同じ道を日本が辿っているのではないかと憤りを覚える。

●ERなんてTVドラマシリーズがヒットしたが、この映画を観ているとERで描かれていたことなんてそれこそ人民操作の一部なんじゃないのかと思えてきた。救急病院は保険に入っていない患者をバンに乗せて運び路上に置き去りにして去っていくのだから。

●全てを真に受けるわけではない。だが、マイケル・ムーアは一般に知られない、表に出されないアメリカの恥部、闇、病根を映画を使って表ざたにした。ニクソンの愚政やアメリカ議会が保険会社とつるんで都合よく法改正をし、保険業界に大量の金が流れる仕組みをつくったことなど、観ていておぞましくなる内容が次々に出てくる。これは観なければいけない作品。しかし観てその後どうするのか? ここまで歪んだアメリカを矯正する力はあるのだろうか?  

●もう本当に、暴動でも革命でも起こして現状の社会組織は一度全部ぶち壊さない限り、再生の道なんてないんじゃないか? 中世のヨーロッパのように一部土地をもった貴族が栄華を貪り、農民市民は苦しみ喘ぐ、そんな状況が再び現代において再現されているのではないか? アメリカだけではなく、日本も・・・・マイケル・ムーアの映画を観ているとそんな絶望感がひたひたと押し寄せてくるのだが……

●こんな映画が、日本の悪政や社会不正を告発する映画が日本で作られ大手チェーンで拡大公開されるようなことがあれば……それは全く期待できそうにない。