劇場版『ハゲタカ』

●中国、中東、アメリカと世界を飛び回り、話の舞台は広くなっているのだが、スケール感はそれほど大きくなっているように感じない。TV版よりは面白くなっているのだけれど、それでもやはりTV版の延長線上にあり、TV版が少し舞台を広げて映画版になったという感じである。やはりTVのテイストそのまま、映画というよりもTVドラマの2時間版に留まっている感が強い。それがTV版から繋がる安心感をもたらしてはいるけれど・・・まあ、TVドラマと連動した映画はどれもこれも似たようなものか。

●重厚な内容のように思っていたけれど、観ていたらなにかとてもサラサラとしている。モチーフの一つ々は重たいものなのに、それが観ている側の心にズンと響いてこない。1時間も観ていたら「なんでこんなに話が軽いんだろう?」と思った。詰らないわけではない。飽きを感じない程度に展開は短く切り込まれ、スピーディーになめらかに繋げられている。だが、一つ々のエピソードが、登場人物一人々が深掘りされていない。だからストーリーが全体にサラサラと流れて行ってしまっている。

●「世界の下請け工場から脱するのだ」といい日本の巨大企業とその技術を買収しようとする中国の国家権力。残留孤児三世として日本に来て、アメリカのファンドから中国のファンドのトップまで出世した男。日本そのものと言われるような巨大企業の社長、会長。派遣労働者の若者。その他にも、いかにも話に深みを持たせようとあれこれ複雑とも言えるほど様々な人間を登場させ、話を重層的に入り組ませているのだが、やはりそれが表面てきだ。

●エンターテイメント作品としては一回観るには充分面白くもあるが、やはりTV級の面白さ。TVは短時間のうちにストーリーを理解させ、楽しませ、終了させ、次回に繋ぐという大命題の為に非常に分かりやすいストーリー展開をとる、いや、とらざるをえない。その流れ、作りがこの映画にも継承されている。やはりこれは非常にTV的映画といっていいだろう。

小泉改革、労働者派遣法、派遣社員は人事ではなく、調達部が管理する」末端には1円単位のコストダウンを要求しておきながら、社長はマネーゲームで数十億をどぶに捨てる、末端の社員数千人が必至にがんばってコストを落とし、それを集積して数億のコストダウンを達成しても、それが経営者の判断ミスで瞬時に水の泡として消える。派遣社員を3年間使った場合、正規雇用に切り替えなければいけないという法律を潜り抜けるため、3年経過したら3カ月のブランクを作って再び派遣社員として採用する・・・その他にもいろいろと今の日本の問題点をかなり痛烈に指摘した部分がありながら、それを深掘りせずただの挿話として味付けに使っているに過ぎない。

●だからこの映画は表面的には社会問題も絡めた社会派の映画を装っていながら、その辺のことには実はまったく踏み込もうとなんてしていない、娯楽映画なのだ。

娯楽映画なら社会問題など絡めるな。偽善、嘘偽りの社会正義など語るな。と言いたくなる。

●楽しめればそれでいいという場合もあるけど、この映画にはどうも納得いかないというか「なんだ、お前ら偉そうなこと言って、そんな問題を本当に考えているわけじゃないだろう」と言いたくなる。

中流以上でそこそこ裕福、暮らしに苦労してない人が観ていればいいかもしれないが、本当に派遣で低賃金で働いている人が観たら、腸煮えくり返るのでは? そういう人は観ないだろうけれど。

「日本は生ぬるい地獄だ」その言葉には共感する。ドラマ版の「腐った日本を買い叩く」から「腐ったアメリカを買い叩く」になっているが、そこにも共感か。資本主義の名のもとに好き勝手放題、資本主義を暴走させ、上位数パーセントの人間がその下の90%以上の人間から搾取するシステムを作り出した、資本主義を暴走させたアメリカ、そしてそれを後追いで模倣する日本。両方とも一度崩壊しないと新しいものは生まれないような気もする。

●ボーナス七億だとか、退職金三十二億だとかそういう具体的な金額が出てくると、腹立たしさが増幅する。

玉山鉄二はハマり役。いつもしかめっ面しかしていない大森南朋は策士であって天才にはまるで見えない。遠藤憲一は日本を代表する自動車メーカーの社長という雰囲気が全然ない。悪役は見事に巧いのだが、世界的な自動車メーカーのトップというエグゼクティブの雰囲気は持っていない。これはミスキャスト。旅館の後を継いだ松田龍平にしてもなんとも今回の役は必要あるの、なんの為?と言いたくなる。

●繰り返しになるが、ストーリーに厚み、深みを持たせようと登場人物とエピソードを増やし、それを絡み付けて話を重厚にしようとしたのだろうが、一つ々が浅いものをいかに幾つも盛り込んでも本当のストーリーの厚み、深みは出ないということだ。

●ぼろぼろの今の景気状態の日本でこの映画を観ていると、本当に日本はダメダメの国、そこで生ぬるくなんとか生きる程度は保障され搾取されている自分たち国民・・なんて考えてしまって悲しくなるな。