『リダクテッド 真実の価値』(2008)

デ・パルマというともう十分に名声のある監督なのだが、敢えてこの監督の作品なら観ておこうというような監督ではなかった。どちらかと言えば、作品の監督がデ・パルマだと知って「デ・パルマならある程度以上のクオリティーがあるだろうし、外すことはないだろう」と思うような監督だ。

●改めて過去作を確認してみると、実に多彩な作品を撮っている。自分としては『スカーフェイス』『アンタッチャブル』そして『ファム・ファタール』辺りが好きな作品。作品のタイトルは知っているが観ていないというものも多い。

アメリカの最大の輸出産業とも言える映画で、アメリカを批判する作品が作られ、それがアメリカから海外に輸出されるということ、その自由さ寛大さということに関してはこれまでも何度か書いてきた。古株の映画俳優、監督が自国アメリカの政治、体制、制度、差別、暗部を映画にし、それを堂々と世界市場に向かって配給する。これはある意味特異なことだ。もうアメリカが自由の国だなどとは思っていないが、所々にまだかっての自由の精神が残存している場所がある。ハリウッド映画の世界にはその自由の精神の切れ端がまだ引っ掛かっているようだが、だがそれもある程度の金を世界中から掻き集め、稼げるからというビジネスの合理性の上にかろうじて乗っていることだ。金を稼げるという部分がなくなれば、自国を非難するような作品を作ることが出来、それを世界中に配給出来るという自由さもなくなるだろう。

●『カジュアリティーズ』でベトナム戦争での米軍兵士の蛮行をあからさまにしたデ・パルマが今度はイラクで行われた(行われているという現在形でも通じる)蛮行を表沙汰にした。第43代アメリカ大統領ジョージ・W・ブッシュ(2001-2009)の時代、数々の映画で、何人もの監督がブッシュの行為を、ブッシュの不正、悪行、それに乗ったアメリカという国の暴走を告発した。それを映画というメディアを使って世界に知らしめようとした。そんな作品の中でも兵士の姿からアメリカの行った蛮行を映像にした『リダクテッド』はかなり痛烈な作品だ。本国アメリカではFOXニュースが上映禁止を呼びかけ(FOXニュースは明らかにブッシュ政権よりのリダクテッドされたニュース映像を流していた企業)評判は悪かったと言うこと聞くが、ここまでグサッとした自国の恥部、暗部を表沙汰にされては、流石のアメリカ人もこの事実を拒絶して、封をしてしまいたい、観たくはないと思ったのだろう。

●自分が約90分のこの作品を観終えて感じたことは、激しい憤りや嗚咽ではなく、ぐったりとした虚無感、喪失感だった。

『きっと戦時下では、占領下ではこういったことはそこら中で行われていたのだろう。人間は行っていたのだろう。アメリカに限らず、日本も、イギリスもカンボジアでも中国でも・・・結局これはアメリカに限ったことではない。ありとあらゆる人間に内在する本性なのだろう。そしてそれはこれからも続くだろう』

そういった、人間に対する諦めの気持ちがこの作品を観た後に心の中に浮かんでいた。
こういった蛮行を制御し、抑えていかなければならないのは、それを出来るのも人間でしかないのだろうけれど。

●デジタル・ハンディカムでの仲間の撮影。ネットでのチャットや、YouTubeの動画など、いかにも今らしい要素を取り入れたこの映画のスタイルは流石デ・パルマと言えるアイディアと作りの巧さ。

●検問所のシーンや夜間に少女の家に押入るシーンで目だけが異様に光赤外線カメラで取られた兵士の映像は現実かと見間違うようなリアルさなのだが、兵士たちがポーカーをしている姿や、少女の家を襲う計画をしたりするシーンにはいかにも演技をさせて作っている感じが強く、態とらしさが漂う.

●こういった作品の製作にゴーサインを出し、予算をあてがい、全世界に向けて配給するというハリウッドの寛大さ、自由さは賞賛したい。

●日本軍が行った蛮行を描いた『リーベンクイズ/日本鬼子』(日中15年戦争・元皇軍兵士の告白)という作品があるという。こういった作品はビデオ化もDVD化もされない。自国の犯罪、恥部は歴史の中で黒く塗潰されていく。なるべく人にしられないようにリダクテッドされていく。それは日本の方がもっと酷いかもしれない。


◎BGMヘンデルの「サラバンド」。スタンリー・キューブリックの『バリー・リンドン』(75)に使われていたということだが『バリー・リンドン』を観たのなんてもうだいぶ昔でどこでこの音楽が使われていたか記憶にない。だが、どこか他の映画で使われていたはずだ、なにか戦争映画か、悲劇の映画か、荘厳なシーンにこの音楽が被さっていた記憶がある。『シン・レッド・ライン』のような気もするが、違っただろうか? テレンス・マリックならマジック・アワーの美しい太陽の光にこの音楽を合わせているような気もする・・・『ニューワールド』ではなかったか? とイメージが繋がらないのでこういうときはもやもやする。

調べてみたところ、『剣岳 点の記』のBGMだとわかった。そうだ剣岳の風景をともに良い感じに流れていた・・・・だが、やはりなにか頭の中にあるこの音楽と結びついた映像は別のものだ・・・なんだろう、なんだろう? と悶々としていたが、ようやくわかった。『風の谷のナウシカ』でこの音楽が使われていた。(実際はこの音楽をベースとしてアレンジしたものということだ)