『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』(2007)

●冒頭約15分はセリフ無し。だが、絵が言葉以上に物事を語っている。「これは実に映画だなぁと観ていて吸い込まれる、ほれぼれする絵だ」尺の長い作品だがこのクオリティーなら期待できそうだ・・・とわくわくする。

●しかし、その期待は外れた。

●ダニエル・ディ・ルイスの演技は確かに凄い。石油を掘り当てるまでの人間のどろどろとした執念が滲み出ているような演技には見惚れる。採掘現場が爆発するあたりまではそこそこに観れていたのだが、息子の結婚のあたりから急に話が飛んでしまっている。

●この映画、一人の男の成功までの道筋とその後の没落(精神的な意味での)を描こうとしているのであろうが、まずは成功の部分がさして描かれていない。金持ちになり豪華な屋敷に住み、派手なパーティーを繰り返し・・・といった成功した男、金持ちの栄華を描けば「ああ、石油を掘り当てて大金持ちになったのだなぁ」と単純にわかるが、そういう部分は全く描かれていない。監督が敢えてそういった典型的な表現を避けたのかもしれないが、主人公が成功したという部分がどうにも薄い。豪華な邸宅に住んでいるのだから成功したのだろうなぁとは想像が付くが、その表現の仕方が非常にというかあまりに淡泊過ぎる。続けて観ているとその辺りの話、演出、表現が薄すぎるため主人公が大成功を収めたというイメージはこちらに伝わってこない。なんとかうまくやっているのだろう程度だ。

●そしてストーリーはいきなり息子の結婚、そして親からの離反の申し出という展開に飛ぶ。ここでダニエル・ディ・ルイス演じる主人公が狂気をまとい出しているというのは演技で分かるのだが、なぜ狂気をまとうようになったかという過程はさして描かれていない。これは主人公の心が病んでいくまでを余りに端折っているとしか言えない。途中で腹違いの弟だとして近寄ってきた男の嘘を見抜き、彼を殺すストーリーが挿入されるが、これとて掴んだ成功の中での一つのエピソードだ。このストーリーが主人公が心を病んでいく一つの要因ということは確かであろうが、こういったエピソードが重複的に積み重ねられていって主人公の心の中に闇が広がっていくというのなら説得力もあり、納得もできる。しかしこの作品ではまるで時間を飛ばしてしまったかのように、急に息子の結婚と離反に話が飛んでしまっているのだ。

●狂信的とも言える新興宗教「第三啓示教会」の神父イーライを演じるポール・ダノはわざとらしさも感じるが、その狂信具合を体と演技でよく表現している。こういったタイプはヤバイから近づかない方がいいと直感するような人物像が見事に演じられている。

●しかしだ、最後にイーライを殺してしまう主人公も今一つ納得できない。要するに最後は頭がオカシクなっただけということじゃないかこれじゃ?と皮肉りたくなるラスト。

●苦しみ、はいつくばりながらも自分の力で成功をつかみ取り、栄華の中に身を置きつつも、しかし誰も信ずることが出来ずに次第に病んでいく男の話。単純に言えばこの作品はそういうものであり、その脇に息子や仲間(として扱った)の存在が絡んでいるのだが、この映画は最初と最後だけを描いているようなものだ。挿入されるエピソードも主人公の心の闇を形成するに至る一片のストーリーであり、なぜ主人公が最後にはどうしようもない状態にまで陥ってしまったのかという過程がしっかりと描かれていない。ラストに向かって説得力をもってストーリーが積み重なって行かない。

●成功を掴み栄光と栄華の中で享楽を味わう姿、その中で徐々に徐々に心の闇が広がっていく過程をもっと丹念に描いていれば、ラストで殴り殺した男のそばに佇み「俺は終わりだ」とつぶやく主人公の姿にもっと共感でき、身震いするものを味わえたかもしれないのだが、それは無かった。

●なんだよ、だからどうしたんだよ? と言いたくなるような終わり方でもある。部分部分のパーツのクオリティーは非常に高いと思えるのだが、全体の構成が明らかにミスっている。話に納得させられるような説得力がない。それは個々のパーツがいかにによかろうとも、その組み合わせ、配置が悪ければ最終的にでき上がった形に感動は宿らないというべき事例だ。誰から見てもわかるような成功した人間の姿とその男が没落に至る過程が話の中ですっぽり抜け落ちている。ストーリーとして分からなくは無いのだがこの表現の仕方は承服しがたい。というかこれはミスであろう。

●あちこちで希代の名作、傑作などと言われていたのだが、見落としていたので、よしどれだけのものかとずいぶん構えて観たのだが、この長さでこの話でこのラストでは・・・・同年アカデミー賞が「ノーカントリー」になったということに納得。この作品、絵も演技も素晴らしいのだが、一番大事なストーリーが監督の思い込みと身勝手さの中で話としての説得力をうしなっている。これでは監督の自慰行為の範疇だ。

アメリカス・カップの栄光と挫折、そして復活を扱ったコッポラ総指揮の「WINDS」(これはDVD化はされないようだが)にこの作品は雰囲気が非常に似ている。栄光と破滅・・・取り上げている内容が似ていると作品の絵姿も似通ってしまうのだろう。しかし栄華から挫折し落ちぶれていく男の姿を描いているものとしては「WINDS」の方がよほど良い。

●この音楽の使い方は「2001年宇宙の旅」に似ている。バイオリンのノイジーな音と美しい響きのめりはり。ノイジーな音はめちゃくちゃに神経に触る。

●自分はこの作品を完成度の高い作品だとは思わない。