『めがね』

●何を訴えようというのでもなく、何を主張しようというのでもなく、ただ淡々とそつなく流れていく映像、お話。大きな抑揚も山場もない。なのになぜか目が離せなくなる。見ていることが面白い。この次はどうなるんだろうなんて詮索も頭の中に沸いてこない。余計なことを考えようという気持ちが沸いてこない。グイッと引き込まれるわけではないのだが、ちょっと脇見をしていたとしても目の端っこで絵をおいかけていたくなる。これは不思議な映画だ! 詰まらなくない。飽きることも無い。この朴訥な面白さは一体何なのだろう。

●いったいどこからこの面白さが出てくるのだろう。普通に考えれば映画の面白さというものは演出によって生成される。もちろんこの作品も演出されているのだが、観客の目を引くような派手な演出や仕掛けがあるわけではない。驚きがあるわけでもない。淡々とした抑揚のない話が続いていくだけだ。

なのに、面白い。

●「場面がつまらなくなったら飯を食わせろ」とはよく言ったものだが、この映画にも食事の場面が多用されている。しかしそれはさほど強調されているわけではない。前作「かもめ食堂」のように食をメインに使っているわけではない。食事のシーンがやたらと強調されたりクローズアップされているわけでもない。

なのに面白い。

不思議である。

●『めがね』を観終えてほぼ丸一日考えていた。「何故面白いのだろう?  何が面白いのだろう?  なぜこんなに画面に引きつけられるのだろう?」と・・・・・・・・・

ふと、気がついた

「あ、これはマラソン中継をテレビで観ている感覚に近いのかも?」と・・・・・・・・・!!

●なんでもなくただ走っているだけなのに目が離せない。2時間以上テレビの画面にぼんやりとではあるがくぎ付けになる。この『めがね』はマラソン中継を見ている感覚に近い。不思議だ。この脚本はどんな脚本なのだろう。セリフもト書きも極端に少ない、枚数も非常に少ない脚本なのではないだろうか? 公募の脚本賞などに応募したら確実に落とされる脚本ではないだろうか? どこかのTV局のプロデューサーに見せたら「話にならない」とか言ってポイと捨てられるような脚本かもしれない。その位普通のホンではないと想像する。この映画のプロデューサーにしろスタッフにしろ、かもめ食堂のことやこの監督の名前をしらされず、この映画の脚本を受け取ったら、とても映画になるようなホンではないと思うのではないだろうか? それほどまでにこの映画は変ではり、異質であり、まったく未知の個性である。

●長いことたくさんの映画を観てきたものだが、この『めがね』は似ている映画がどこにもない。自分の知る限りこんなテイストの映画は映画百年以上の歴史の中で唯一無二なのではないだろうか。大概の監督はどこかであの映画のようなとか、あんなふうにだとかかって観た映画を模倣しつつ自分のスタイルを作っていく。何々的だというのが必ずどこかに潜んでいる。しかしこのめがねにおいていは、似ている作風、作品がまるで思いつかないのだ。この監督は完全な自分のオリジナルな感性でこの映画を撮ったのだろうか? だとしたら物凄いことだ。世界に二つと無い、たった一つの個性。それも非常に際立った個性。それがこの『めがね』という映画にはあるということになる。新しい映像だ、新しいスタイルだなどと宣伝される映画は山ほどあるが、ちょっとまてよ、この『めがね』こそ、真に新しい、他にはない絶対無二の個性なのではないのか? こういう作品こそ日本のほんとうのオリジナルとして海外に出すべきであろう。

●あざとい演出を全て排した果てにこの映画はあるのか? それとも極端なまでにあざとさを排した極めつけのみのあざとさがこの映画の演出なのか? いずれにせよ、監督が意識しているのかしていないのかにせよ、この映画の味わいは濃い。そして面白い。実に面白い。わいわい笑うのではなく、クククッっと言う笑いの面白さだ。なんとも言えない不思議さだ。

●食べ物のおいしさを小粋な演出で表現している。小林聡美がフムと唇の端を曲げるしぐさで「ああ、これはなかなかの美味しさなのだろう」分かる・・・言葉にはせずとも。大げさに「うまーい」などと言わずとも。余計に「美味いのだろう」と分かる。なかなかである。

市川実日子は非常に変わった女優だなと思っていたが、この映画で初めてなかなか美人だな、かわいらしさもあるなと思えた。

もたいまさこは・・・こういう使われ方をして、こういう嵌まった演技をして・・・もう適役以上のなにものでもあるまい。別に説明などしなくても顔だけで演技をしてしまう。顔だけで伝わってしまう・・・女優のすごさであり、ある意味恐ろしさかも?

●ラストの体操もよくこんなもの考えついたなぁとあきれるばかり。もちろん褒め言葉だが。

●あまりの不思議な面白さに、二日続けて観てしまった。そんな映画、めったにあるもんじゃない。これは何かの折りにまた観ることがあるだろう。

●監督・・・荻上直子・・・『めがね』・・・おそるべしか?

HMV荻上直子監督インタビュー:http://www.hmv.co.jp/news/article/709210125/
忙しい人ほどみてほしい「めがね」荻上直子監督:http://www.hokubei.com/ja/news/2008/05-8