『あかね空』(2007)

●決して嫌いという分けではないのだが時代小説というのはほとんど読まない、映画化されたものを手に取ることはあるけれど。藤沢周平は『山桜』を観て知った。『花よりもなほ』は是枝監督の素晴らしい作品だった。山本一力は実はまったく知らなかった。

●改めてネットで調べてみて山本一力という人は当代では最も多忙な時代劇作家だと知りこれまた驚く。この『あかね空』は直木賞も取っていた作品だったとは・・・自分の知識、見識、情報の狭さに自分でがっかりしてしまうが、これは仕方あるまいと毎回諦めることとしている。山の様に本が並んだ書店に行っても、立ち止まるのは興味のある作家やジャンルの所だけ。それ以外は素通りしているわけだし、最近は「小説を書いている人ってこんなに沢山いるのに、名前を知っているのはほんのちょっとだけだなぁ」と思うことも多い。

●映画の話しに戻そう。冒頭からいかにも表面的といったCGIの映像を見せられて「こんな直ぐにCGIと分かるような絵を堂々と頭から出してくるなんてちょっとどうかしてるんじゃないの? 地雷の可能性大か、この映画は」と思う。まるで造ったばかりのような全然汚れの無い橋も変。どうせCGIで作るだからもっとリアル感だせるのではないの?なんでこんな絵にしてるんだろう? と映画の作り方に大いに疑問を持つ。

●話しも思いっきりべた。べたべたの極みのようなストーリーである。しかし、ずっと観ていてもなぜか飽きない。あまり退屈しない。不満はあれこれあるけれど、だんだんと面白くなってくる。なんとなく分かってきたのは「ああ、これは水戸黄門だな、落語の世界だな」ということ。ありきたりの話し、結末もどうなるか分かっていても、それでも面白い。分かり切っていることを奇をてらわず変化球など投げず直球だけで見せる。この映画もそういうものなんだなと思えてくる。そしてラスト、これまたあまりに予想道理の展開。どんでん返しなのだけれど、そうなるだろうと分かり切ったどんでん返し。でも、そこに泣けてくる。人情、家族の繋がり、べたべた過ぎるもう飽きるくらい聞かされたような話しなんだけれど、そこに感動する。涙が出る。なるほど、こういうやり方もありなんだなぁと改めて実感する。

●ん?ん?となんでこんな?と疑問、不満たらたらで見続けていたのだけれど、最後には感動してしまう。べたべたで泣かせなのだけれど、やはりいい話しはいい話なのだなと実感。時代劇ということもあるし、派手さもまるでないのだけれど、特に歳をとった人にはこういう映画はものすごくはまるだろうなぁ。劇場公開の時はしらなかったけれど、きっと年齢層は高かったであろう。

●監督の浜本正機は『ekiden 駅伝』を撮っているが、これも良い映画だった。作風は完全に同じだ。平々凡々な話し、展開、妙な細工が全然なくある意味詰まらない感じもするのだけれど、最後には感動する。直球勝負の真っ直ぐ、真っ正面を向いた映画作り。既に監督はしないと宣言した篠田正浩の教えを守っているかの映画作りか?

中谷美紀(おふみ)は若い頃、結婚して子供ができた頃の演技がちょっとあざとい。年齢的な変化を演出し、観客に伝えようとしたのだろうが、これだけはちょっと失敗演出か? 後半での歳をとってからの役は実に見事に演じているのだが。

内野聖陽(永吉/傳蔵)はベストなキャスティング。一人二役には確かに疑問も残るが、さほど違和感はない。できれば小さい頃に親とはぐれてしまい、その親が京屋に関わっているということを傳蔵が知って驚くというようなストーリーも欲しかった。豆腐の匂いに幼少の頃の懐かしさを感じ、暗に傳蔵があのとき離別した子供なんだということは分かるのだけれど・・・。

●豆腐作りのシーンは相当に指導を受け、嘘のないように再現しているのだろうな。豆腐作りのシーンだけ見ていても非常に面白い。

●栄吉の子3人はちょっと演技力不足、顔ができていない。まあ他の実力のある役者と一緒に見てしまうからまだまだの演技が目立ってしまうのだろうけれど。

●「明けない夜がないように、つらいことや悲しいことも、あかね色の空が包んでくれる」という映画のテーマ。そこまでの辛さは映画の中からは感じられないが、実にまっとうな一作。安心して観れる一作。思いのほか感動してしてしまった。