『太平洋ひとりぼっち』(1963)

市川崑監督、石原裕次郎主演、石原プロ設立第一作・・・これもまた40年以上前の映画だし、巨匠市川崑といえどもまだ若かった頃だし、果たしてどんな映画かな?と思って鑑賞した。

石原裕次郎はたぶんこの世代の人にとってはアイドルであっただろうし、カッコいい憧れのスターであっただろうし、今では想像も出来ないほど大人気の俳優だろうし、青春時代の憧れとして心に抱いている人も多いのだろうけれど・・・この映画の中の演技はかなりあざとらしくベタである。

●監督の演出部分も大きく影響するが、石原裕次郎の演技があまりに作りすぎ、わざとらしすぎてイマイチな感がずっと付きまとった。アクションスター、アイドルとしての部分が悪く影響してしまっているだろう。キャラクターとして奔放、唯我独尊といった若者のハネたイメージをだしたかったのかもしれないがそれが主人公の人間的軽さに繋がってしまっている気がする。石原裕次郎の独白ナレーションもどうも浮ついた感じだ。

●大学になんか行かない、俺はやりたいことをやるんだという若さの突っ走りの影にはもっともっと苦悩もあるだろう。そこまで描けていれば深みも出たのかもしれないが。

●ヨットでの航海のシーンは円谷プロダクションが嵐の映像などを担当したという。なるほど、確かに台風が来て大波に揉まれるシーンなどは迫力がある。怪獣映画でミニチュアの船がプールの波でひっくり返るのとはまるでスケールが違う映像である。

●公開中のヨットの中での生活をあれこれ細かく表現しているのは。嵐の中で船が波に振り回され、揺れる船内で頭をぶつけて気絶してしまうシーンがあったが、ここはまったく迫力が無かった。石原裕次郎の演技もオイオイと言いたくなるほど下手で、なんだかなぁこれと身を引いてしまった。派手なアクションスターである石原裕次郎には、一人ヨットで太平洋に乗り出す青年のハングリーさ、情熱、頑ななまでの意思といったものは具現できなかったなと思う。

●それでも実際にかなり沖合いの海で撮影したであろうシーンも多く、海水の色などもその辺の近海で撮影しているのとは違うなと思わせるものがあったし、空撮も多様され、タンカーとの邂逅シーンや、サンフランシスコでの入港シーンなど、当時としてはずいぶんとお金を使って海外ロケまでして凄い贅沢に作られた映画だなと感じた。石原プロも第一回目の作品であるから相当に頑張ったのだろう。

●これは原作の調理の仕方という点なのだが、ある程度の部分は原作に忠実だとしても、奔放な若さの独走といった脚色の部分でちょっと失敗しているのではという感じである。

●映画としてはいまひとつなのではあるが、見ているとこの映画の背後にあった本当の堀江氏の冒険を想像し、そちらに気持ちが動いてしまう。まだ1962年なんていう何十年も前に24歳という若さで、たった一人で小さなヨットで太平洋横断をしようとしたなんて今でも想像できないほど凄い。当時のマーメイド号はたった5.8m 20ftほどの本当に小さなヨットである。今だって20ftのヨットで太平洋を横断なんて自殺行為と思われるのではないだろうか、いや大島辺りにいくのでも20ftなんて無理だという人が殆どだろう。雨具や食料、ヨットのセイル、木造船体の強度など今とは比べ物にならないほど悪い状態で3ヶ月間かけて太平洋を横断しきったということは本当に凄い。実行するまでの計画、準備、なみなみならぬものであっただろう。そんなことを思いつつ映画を観ているとググッと胸が締め付けられる。映画そのものではなく、映画の土台となった本当の話を想起して感動してしまうということなのだけれど。

堀江謙一氏は1938年生まれということだから太平洋ヨット単独横断を行った1962年は24歳。凄いな。(西宮出港5/12 サンフランシスコ到着8/12)

●まだ自由に海外渡航も出来なかった1960年代の日本で、たった一人でヨットに乗って太平洋を横断した人が居るという話は知ってはいたが、自分が生まれてもいない時代でのことであまりピンとはこなかった。今考えてみれば日本のリンドバーグとも言える人なのだけれど。自分が知っている堀江謙一氏と言えばもうだいぶ歳をとって白髪交じりの頭の人。テレビ朝日ニュースステーションで、モルツの空き缶で作ったヨットでの太平洋横断だとか、ソーラーパワーを利用しての航海だとかの特集を放送していたのを記憶している。その映像の記憶からすればちょっとエキセントリックな印象があった。

●太平洋ヨット単独横断という偉業を成し遂げたのだが、それからずっと趣向を変えて同じことばっかりをやってる人なんだなとも思っていた。だが、今回偶然にこの映画を観たら、やっぱり凄いことをした人なんだなと認識を新たにした。原作の「太平洋ひとりぼっち」も読んでみたくなった。アメリカでは英雄と評され、日本では違法出獄の犯罪者だとされたという当時の社会情勢も実になげかわしい。アメリカ側が「コロンブスもパスポートはなかった」ととして勇敢な行動を称えたら、掌を返すように日本も快挙だといい始めたという・・・その当時の日本の社会状況というものもあるだろうが、もしそこに居たらどれだけ腹立たしく感じたことだろう。いや、今の日本も同じか? 自己責任だ、なにかあったらどうするんだなんて良識と常識をかざした人たちが行為を非難するのかもしれない。ラストで父、母、妹を取り囲み質問を投げかけるマスコミの姿・・・これは40年以上前も今も変わっていない。


●一人独走する子を心配する母親役の田中絹代はやはり名演、出掛ける前に母、息子、妹と三人で食事をするシーンはいい感じだ。朝丘ルリ子の若い頃の姿を初めて見た。かわいらしくてなかなかの美人、これならアイドルとして通用するなと納得。歳をとってからの朝丘ルリ子しか見たことがなかったからこの映画での若々しい頃の姿には驚いた。

●DVDジャケットは題名も英語。これは海外用のポスターの様でもある。海外公開目論んで作ったものだったのだろうか?・・・少し走りすぎ