『戦艦ポチョムキン』(1925)

オデッサの階段での乳母車のシーンが余りにも有名すぎること、政府を砲撃するシーンに取り込まれたライオンの像など、モンタージュ理論を完成させたエイゼン・シュタインの代表作ということで映画の歴史、映画を語るには欠かせない一作ではある。

●台詞を使うことの出来なかったサイレント映画の時代、ストーリーも感情もすべてを伝えるのは映像表現だけでしかなかった。映し出される映像だけで、怒り、悲しみ、苦しみを伝えようというのは確かに限界もあるし、難しい。しかしだ、やはりこの映画を見ているとそれが伝わってくる。涙を流し泣いている演技をすれば悲しみが伝わるでしょう!といった短絡的な今の映画の映像描写とはまるで異なる、サイレント時代の苦悩がカットされたワンシーン、ワンシーンにギュウギュに詰め込まれているかのようである。涙を流すシーンだけでは心を揺さぶれない、だからその前後、そしてその周りにある映像すべてに注力して悲しみは悲しみとして、怒りは怒りとして観るものに伝えなければいけないとした監督の苦しみとあがきは相当なものであったであろう。しかし、それがこうして映像として結実しているのだから、やはり凄い。

●さらりと観ただけでは単なる古い無声映画だな、話も特になんてことはない・・・となってしまうのだが、繰り返し見ると、シーン毎に特に人間の顔の表情には相当の演出がなされているということがわかる。この映画は観れば観るほど「なるほどな」と思ってしまう映画なのであろう。

●映画の教科書、モンタージュの教科書として扱われることの多い作品だが、その表現の苦悩が画面から滲みだしていることにこそこの映画の価値はある。

●やはり名画といわれるものは、振り返って何度も観ることが大事だなと思った。

●それにしても、とにかく顔の表情の付け方が凄い、驚くほどの演出だ。

●IVCのDVDで鑑賞したが、淀川長治さんの日曜洋画劇場での解説が入っているのが非常に良かった。このDVDシリーズは淀川さんの解説を冒頭に入れたということで非常に良いアイディアであったし、淀川さんの解説が今でも見て聞くことができるということは非常に貴重なことなのだけれど、あまりその価値が高く捉えられていないような気もする。チャップリンの映画よりもこの戦艦ポチョムキンがイイという淀川さんの解説を聞いていたら自分も自然とこの映画が好きになってしまいそうだ。

●昔はテレビの映画放送番組には必ず解説者というのが付いていたのだけれど、今ではそういうものもないなぁ。荻昌弘さん、水野晴郎さん、淀川長治さん、みんなもういなくなってしまったんだなぁとこのDVDを観ていて少し寂しい気持ちになった。

●初めて気が付いたが、ワクリンチュクが撃たれ艦上から落ち、ロープに引っかかりだらりとぶら下がるシーンは、スター・ウォーズ・EP6「EMPIRE STRIKES BACK 帝国の逆襲」でルークがダスト・シューターに飛び込み宇宙船の外のアンテナのようなものにぶら下がるシーンに酷似している。ジョージ・ルーカスはこのシーンをオマージュとして使っているのかも? 様々な映画が、シーンが撮影されてきたのだから、似ているシーンがあるといって、それがオマージュだと言い切れる訳でもないが・・・・。