『愛は静けさの中に』(1986)

聴覚障害を抱えた女性が主役となる映画。手話の学校、教室や聾唖者の学習などでこの映画が良く使われているということである。ちなみにこの映画を観るきっかけとなったのも、手話を習っている知人が、手話の先生から見ておくべき映画として勧められたということで自分も興味を持ち観てみた。

●原作の題である『CHILDREN OF A LESSER GOD』の邦題が『小さき神の子ら』となっているようだが、これはちょっと違う気がする。あたかもLESSERという言葉をそのまま直訳して”小さい”としているようだが、小さい神ではなくて”神の恩恵の少なき子供ら”というほうが正しいと思う。

●ストーリーは至極スタンダード。奇異をてらうような所などまるでなく、あざとい演出もなし。作品の題材もあるが非常に真面目に作られた真摯な作品である。最近古い作品ばかりを観ているが、これも今から23年も前の映画。この頃はやはり映画作りが今よりも真面目だったのではないかなぁと思う。観るものの目を引くための演出や、わざとらしい抑揚が殆ど無い。ちょっと退屈感もあるにはあるが、この映画はゆっくりと小説のページを一枚一枚めくっていくかのように観ることが出来る。

●主役サラを演じたマーリー・マトリンは実際の聾唖者で、自ら原作の演劇に出演していたところをスカウトされたと言う。映画初出演でセリフのない役なのに、目つき、手話で意思を伝えようとする必死さ、それは驚くほど情熱的。とても初めて映画に出たとは思えない堂々っぷりであり、演技というよりも本当に自分の思っていることをこの役を借りて伝えているという感じである。アカデミー主演女優賞受賞を得たのも納得。

●愛するようになったジェームスとの意地を張り合った末の喧嘩、家出、ずっと離れていた母親の元に身を寄せると、母親も聾唖の子供を持った苦しみをサラに打ち明ける。夫も聾唖の子供を生んだが呵責で死んだのだと母親が語るあたりは心が痛む。

●大きな感動だとかがあるというわけではないが、言葉が話せず音も聞こえない人生を心が折れないよう自分でとにかく頑張り抜き生きようとする人間の辛さ、厳しさがひしひしと伝わってくるような一作であった。

●音の聞こえない人の話から「愛は静けさの中に」という邦題を付けたのは秀逸である。やはり昔の映画人は違うなと感心。

●「砂の女」を観た後だけに、作品には入りやすいし、分かりやすいし、映像も美しく、面白くもあるし、流石ハリウッドとちょっと思ってしまった。