『空中庭園』

●2005年の日本の映画賞では壮そうたる受賞数である。
・日刊スポーツ映画賞(主演女優賞受賞・小泉今日子)
報知映画賞(観客賞最優秀主演女優賞第5位・小泉今日子、観客賞最優秀作品賞第8位)
・高崎映画祭(最優秀監督賞受賞・豊田利晃、最優秀主演女優賞・小泉今日子)
ヨコハマ映画祭(ベストテン第7位)
朝日ベストテン映画祭(日本映画第9位)
ブルーリボン賞(主演女優賞・小泉今日子)
キネマ旬報ベストテン(日本映画第9位)
毎日映画コンクール(映画大賞候補)

作品賞としてはトップを獲ってはいない、どちらかといえば小泉今日子に対する評価が賞の殆どだ。『風花』以来4年ぶりの映画出演に対するご祝儀でもあったのではと邪推してしまったが。

●結構期待して観たのだが、登場人物説明調のストーリーに最初からちょっとうんざり。ありきたりとも言えるエピソードの数々、態とらしい浮気、援交、ラブホ、家に家庭教師で忍び込む不倫相手のソニンなど態とらしすぎる話。なんだか詰まらないねぇとダラダラと話を追っていく感じ。そこに少し棘が出てきたのが、妻・絵里子(小泉今日子)の母親・さと子(大楠道代)が登場してきた辺りからだ。

●母親に対して「死ねば!」と叫ぶ絵里子、自分が過去に育ってきたその境遇、親の育て方への怒り。親に守ってほしかったのに守ってもらえず自分で自分を守ろうと少女の頃から必死に生きてきた絵里子。そんな母への思いが家族の不協和音に刺激され爆発しそうになる。

●やはり大楠道代は役者としての味わい、演技、人生、人間の深みを身に纏っている。他の4人の出演者とはこの点が段違いである。大楠道代が出てきたことでちゃらちゃらと浮ついていたキャラや話がスッと皆同じ方向に向き直り四方八方に飛び散っていた散漫なストーリーが収束してきた。さと子がしみじみと、気丈に昔話を始める所から映画に重みが出てくる。ここまであまりに説明的でつまらなかったから、大楠道代の演技が如何に良くて、その言葉、セリフが如何に良くても「騙されないよ、映画はトータルクオリティーだ、一つや二つ良いシーンがあったって、響くセリフがあったってそれだけで作品を褒めるわけにはいかないのだ」そう思って構えていたが・・・・この1時間25分過ぎから画面は急激に密度を増し、ズンズンと映画の力を吐き出し始める。(残りはあと30分程しかないのだけれど)

●「親は子供を絶望だとか哀しみだとかそういうものから救いだして守ってくれるものじゃないの?あなたはそれをしてくれなかった・・」その言葉に絵里子の今までの人生での深い苦しみと悲しみが滲み出る。自分を守るため、生きるために飲み込んで来たものが、飲み込んでしまうことでなんとか均衡を保ってきたものが家族一人ひとりの独走で瓦解しそうになったとき、てんでちりじりバラバラになり守ろうとした家族、自分の居場所が崩れ落ちそうになったとき絵里子はまたしてもたった一人でそれを支えようとする。飛び散ってしまいそうな家族をなんとか引き止めようと綱を引き一人ひとりを自分の求める家族の輪に戻そうとする。そんな孤軍奮闘している悲しみと苦しさの中で、作った料理が並べられたままで誰も帰ってこない食卓。帰ってこない息子を案じ、電話で夫に詰め寄る絵里子。「アナタだけ自分を守ろうとしないで、家族のルールを守って」と叫ぶ。ギリギリの所で自分を保っている絵里子に、ふと母親から掛かってくる電話。たった一言「誕生日おめでとう」と言いたかったと・・・・この一言で絵里子が守ってきた世界が、自分が、外部からではなく、内部から崩壊する。絵里子自身の足下から崩れて行く・・・そして、でキャリーを思わせるかのように、赤い雨のなかに立ち尽くし崩れ始めた自分をなんとか押しとどめようするが如く、一人叫ぶ絵里子。叫ばなければ自分自身がバラバラになり無くなってしまう、それをなんとか食い止めようとしているかのような悲しく痛切な姿。この辺りの小泉今日子の演技は凄い。

●この映画のラストはグサリと来る。衝撃的でもある。戻ってきた家族、嘘も誤魔化しも、思いやりも、本当の愛も、相反するものもすべて内包して家族に戻ってくる家族。シニカルであり、温かくもあり、毒も棘もあり、でもなんとか救いもあるこのラスト。家族も人生も人間も相反する要素を同時に抱えつつ、それでも生きていかなくちゃならないのだという強いメッセージとも受け取れた。「おかえり」の一言は何もかもをみなかった聞かなかったことにする、偽善だけれどいちばんに優しい言葉なのだろう。「嫌われ松子の一生」のラストの「おかえり」にも相通じている。

●このラスト30分が素晴らしく映画的であり、衝撃的で感動的である。この30分だけを二度三度と繰り返して観た。この30分のお陰でこの映画は救われた。このラストでこの映画は非常に印象深い一本になった。

●一本の映画としての出来ということでは高いとは言い難い。特にスタートから1時間以上、話は散漫、パターン化した人物描写ばかりで白ける。役者の演技も表面的、ストーリーも上っ面ばかりを滑り、ただただつまらなさを感じる。この酷く散漫な1時間があるからラストが引き立つとも言えるのだが、それでも前半部分をもっとよいストーリー、演出で味わい深く作っていたならばこの映画はきっともっともっと良い一本になりえただろう。そこが残念だ。

●河口をてんでちりじりばらばらに泳いでいた鮭が、ある瞬間にスイッチが入り、川の方向にピタッと向きを揃えて流れを上り始める。なんだかそんなイメージがこの映画にはあるな。

●なぜか最近観る映画には小泉今日子が出ていることが多い。邦画界で小泉今日子は引っ張りだこなのかと思って作品履歴を調べてみるとそんなに多く出演しているわけでもない。自分が観たいと思う映画と小泉今日子の出演作がかなり合致しているようだ。自分の好みの作品と小泉今日子のキャラが合っているということだろうか。

●まだ観ていないが「トウキョウソナタ」の小泉とこの「空中庭園」の小泉はキャラの設定などが被っているような気がする。それにしても小泉今日子はこういった悲しさを湛えた母親役とか人生に疲れた女役なんてのが多いな。

●ラストに流れるUAの曲は映画に合っている。衝撃的なラストを盛り上げている。主題歌とはこうあるべきだ。

●ポスターやDVDのジャケには窓の外を所在なげに見つめる小泉今日子だけが出ている。映画を観るまでは単なるキャラ売りのデザインだと思っていたのだが、この衝撃的なラストを観た後だと、このジャケットの小泉今日子のイメージがなによりも映画の中身を表しているということに気が付いた。驚き。