『容疑者Xの献身』

●テレビドラマを毎週見るということは殆どないし、テレビ局のドキュメンタリー以外でのドラマや映画製作にはもうやり方のあざとさでうんざりしているから、テレビ・ドラマの映画化、テレビ・ドラマと連動した映画などという文字を見ただけで最初からどうしょうもないだろうと思うようになっている。またかよと嗚咽してしまうほどだ。こうゆう状況を作り出したのもテレビ局サイドであるわけだが、いくら映画好きがテレビ局製作の映画をこけ下ろし、揶揄し、下らないと蔑んでも、テレビ局の持つ巨大な影響力、家庭への浸透力、そして資金力には抗えない。どうしょうも無い。

●テレビドラマに対するアンテナは全く張ってないし、知識もほぼゼロ。ミジンコの欠片ほどもない自分にとっては「ガリレオ」という月9のドラマがあったということするら全く知らなかったし、自分の周りでもドラマ「ガリレオ」の話題というのは全く無かった。ということで予備知識完全ゼロ、先入観ゼロ、嫌悪感ゼロという状態でこの映画を観ることが出来たのは、却って良かったのであろう。(この映画に限っては)

●脚本が実に良くまとまっている。妙な仕掛けを入れて失敗したり、盛り上がる山場を作ろうと破綻したりというところが無い。質実剛健な展開でありながら、面白さが充分詰め込まれている。何箇所か気になる部分が在るにはあるが。脚本を書いた福田靖はテレビ物の脚本を担当しているのが多いようだが、今回の「容疑者Xの献身」では一段か二段ステップアップして本物の映画のクオリティーに近づいたのではないか?「LIMIT OF LOVE 海猿」のあのどうしょうもない自分勝手なご都合主義を継ぎ合わせたような脚本、突込みどころ満載、呆れて仰け反ってしまうような脚本を書いた同じ人物とは思えない。

●この映画はテレビ臭さをそれほど感じさない。一本の独立したちゃんとした映画として観ることが出来る内容を持っている。というかテレビドラマなど知らないで観たほうがテレビに毒されたイメージなどがないからよっぽどイイのかも知れない。

●本来の主役は物理学教授の湯川(福山雅治)と女性刑事内海(柴咲コウ)なのだろうが、この作品ではくすぶった天才数学者石神哲哉を演じる堤真一が完璧に登場人物全部を食ってしまって主役になっている。天才的な才能はありながらも、花を咲かせることが出来ず、人生に落胆した一人の男の姿を堤真一が見事に演じている。作品によって様々な役柄を演じこなす堤真一の演技力は日本映画界の中でも最上級のレベルに達しようとしているのではないか?これからさらに演技に円熟味を増していったらどうなるか? 将来は日本の映画界が誇る大俳優になりそうである。(褒めすぎか?)

●それに引き換え、毎回どんな映画に出ても、どんな役柄を与えられても、全く同じキャラクターしか演じられない役者のなんと多いことか。それが今の人気女優、トレンド俳優の大部分がそうだというのだからそういう意味では日本映画界は実に役者層が浅く、懐も狭いとしか言いようが無いだろう。

●あちこちどの映画をみても顔を出してる柴崎にはもう飽き気味である。

●なかなか展開が面白く、飽きずに見させてくれるので2時間超えという尺の長さがまるで気にならなかった。

●石神が人生に望みも失い、自殺までしようとしたという背景が余り描かれていない。親の介護が必要になったから大学に残れなかったということと、どれだけ高尚な数学を説明しても意味の無い高校生という程度しか映画の中では説明が無い。石神が死すらも考える程、世の中や自分に希望を失ってしまったという過程がまるで描かれていない。それはマイナスポイントである。しかし、堤真一の演技が上手いものだから、そういったものが描かれていなくても、この石神という男は、落ちぶれて打ちひしがれ、望みも無くているのだろうな、というイメージは伝わってくる。これは堤真一の演技力の賜物である。ここにもう少しでも石神の人生背景が描かれていたら、話しはもっと深みを増していただろう。

●すり替えのトリックは巧妙、見事とも思えるのだが、DNA鑑定までする日本の警察が、殺された男の素性を実家や知人まで詳しく調べないはずが無い。本人の体格、背格好、身体的特徴を洗い出さないはずが無い。いくら指紋を焼き消し、顔を潰し、摩り替えた男の髪の毛でDNAの一致まで偽装しようとも、それだけじゃあ完璧な偽装なんてできっこない。・・・・さも天才の仕組んだ巧妙なトリックとして見せていながらも、それだけじゃ、嘘を見破られるだろうと思ってしまうのでここも大きくマイナスポイント。

●この二箇所が映画を観て気になった所ではあるが、その他はなかなかどうして、大して期待していなかった映画であったのに、ずいぶんと面白かった。

●死を決意した男が、ほんの小さなきっかけで、何気ない笑顔で死を思いとどまり、生きることを続ける。その恩返しに、自分を犠牲にまでしてその親子を救おうとする。それは人生を投げ捨てようとした人間の魂の救済、ほんのささやかな優しさが男を救い、男はそのささやかな優しさをくれた存在を自分の人生を投げ捨ててでも守り、助けようとする。そんな男の悲しさが全てがはっきりとしたとき心にひししと押し寄せてくる。

●ラストで泣き崩れる二人の姿に、なんでこんなことになってしまったんだろう?なんでもっと普通に幸せになることはでき無かったのだろう。幸せになってほしかったと・・・悲しさが込み上げてきた。

●福山と柴咲を完全に押しのけて、大演技を演じ、この映画を映画たらしめた堤真一に拍手である。