『雪に願うこと』

●2006年5月公開、第13回東京国際映画祭でグランプリ、監督賞、最優秀男優賞、観客賞の四冠を受賞。(因みに第一回グランプリは「台風クラブ」)

●『遠雷』『透光の樹』の根岸吉太郎監督作品。『遠雷』の頃に映画関係の雑誌などにも良く取上げられていて、森田芳光などと共に新世代の監督の一人とされていた記憶があるが、その後ぱったりと話題を聞かなくなっていた。ポツポツとは映画を監督は続けていたようだが。この映画を見たら映画監督としての中身を熟成させていたと言ってもいいかもしれない。『サイドカーに犬』も観てみるかな?

●息を飲み込むほど美しい絵。自然描写は特筆すべき部分。ばんえい競馬のドキュメンタリー作品のようでもあるが、その様子を撮影したシーンは特に美しい。気温の低い北海道で、真っ白な吐息を吐く馬、体から発散する汗が蒸気となって馬の体全体から立ち上るシーン。見事なまでの美しさだ。カメラの構図もスキがない。ばんえい競馬関係者ならこれ程美しく、そして嘘偽りなく真っ正面から馬とその周りの風景、関係する人たちなどを撮ってもらったことを喜び、誇りに思っているのではないだろうか。それは北海道の地元の人にとっては嬉しいことだろう。本当に美しい馬と人間の関わりの映像である。

●真剣に、真っ直ぐな目で馬と自然が作りだす奇跡のような美しいシーンをフィルムに取り込もうとしている。そういう真面目な姿勢を感じる。(NHKドキュメンタリーなどの映像を見ているかのようだ)(「北の国から」にも通じる)

●ストーリーは至極単純、平凡、ベタであり、良くあるパターンでこれといった驚きもないし、先が読めるという部分も多々ある。だが、その妙に細工をしていないストーリーがこの映画の良さになっているのであろう。文部省推薦とでも言えるような、教育的模範的な映画。

●今までなんとなく妙な役、変な個性的な役ばかりをしていた役者が、この作品の中では見事なまでのまっとうな役を演じている。他の作品でみていた奇妙なイメージが無い。これは監督の手腕であろう。

伊勢谷友介(矢崎学)、吹石一恵(首藤牧恵)の二人は特にそう思えるな。この二人はこういう役をもっとやるべきだであろう。 
佐藤浩市(矢崎威夫)は最近この手の役では定番か? ホワイトアウトの妙チクリンなテロリスト役はやはり似合っていないし。
小澤征悦(須藤)椎名桔平(黒川)でんでん(藤巻保)と脇を固める役者も絵を引締ている。キャスティングは成功している。

●少し驚いたのは、小泉今日子が演ずる賄いのおばさん。・・・・「なんてったてアイドル」なんて歌を歌っていた頃もあったのに、本当におばさんになったなぁ。まあそれでも悪い歳の取りかたじゃなく、昔の面影は残し、おばさんであっても派手さは持っているが。(もっと熟した女優の妖艶な色香とまではいかないが)でもなんだかこの賄いおばさんの役は・・・ちょっと哀しいものがただような。

●実に真っ直ぐで、変な細工もせず、正道だけで貫いたようなストーリーだ。悪い言い方ならベタベタとも言えるのだが、この美しい映像を見ると、余計な事はせず、真っ直ぐ、真っ正面にだけ進む、手心を加えない純水のごときストーリーがこれでいいのだと思う。

●ラストに向かってこれという盛り上がりはない。落ちぶれた馬が再び再起するという話しは事業に失敗して北海道に戻った矢崎と重ねているのであろうけれど、最後までドーンと来るシーンはない。ラストも、あれ?という感じで幕があがり、ちょっと物足りないけれど。

●だが、こういう映画はいいね。妙に観客を驚かせよう、楽しませようという作為がまるでなく、実直過ぎるほどに基本となるストーリーを追いかけている。派手で面白いという映画とはまた別の在り方だ。