『釣りキチ三平』

講談社週刊少年マガジン」創刊50周年記念作品。原作矢口高雄少年マガジンに連載されていたのが1973年から10年間ということだからもう30年も前の作品になるのだなぁ。コンビニやブックオフではよく見かけてはいたが、かなり時代が流れたなという感じ。釣りのマンガとしては他にもいくつかあるのだろうけれど、やはり「釣りキチ三平」が代表であり、これ以外で思い出せるものが無い。ということは釣りマンガの唯一至高と言ってもいい作品であろう。

アカデミー賞外国語映画賞を獲った「おくりびと」の滝田洋二郎監督作品ということでも注目されている。作品宣伝として「おくりびと」の監督ということを使わない手はないが、全く別物の映画であるし、あまり結び付けてあれこれ言うのはどうかなとも思う。一人の監督が同じ系統の作品ばかりを撮り続けているわけでも無いし、仮にそうしたいと思っていても日本での監督業は一貫した主義を通せるほど甘くも、楽でも、職業でも無いのだから。この作品を監督してくださいと雇われて、プロデューサーや製作会社の意向に合わせながら映画を作っていくのだから。

●ちょうど春休みに公開したというのは親子連れの動員で観客を稼ぎヒットに結びつけたいという極々順当な考えだろうけれど、映画の中の季節は光が燦燦と降り注ぐような眩しい夏。気持ちとしては夏が始まるちょっと前位にこういう映画を観て、夏に思いを馳せて、夏になったらどこか山に釣りにでもいこうと気持ちを繋げたいものだなと思った。

●映画というものは一つの体験でもあるのだから、作品の季節感と実際の季節をあわせるということは本当はもっと大切なのだと思うのだけれど、このところそれはかなり無視された公開が多いような気もする。

●「釣りキチ三平」の実写映画というだけで、釣り好き、このマンガを知っている世代の親にとっては、それほど大きな期待はなくとも、劇場で観てみたいと思わせるものがあるだろう。

●ずいぶん昔から男衆の好きなものと言えばは「お酒、朝寝坊、女遊び、魚釣り」と言われ続けているのだから。

●三平役の須賀健太は本当にマンガのイメージに合っている。伸び伸びとしていて元気いっぱい、体から元気の良さを撒き散らしているような姿は、親にとっても子供がこういう風に育ってくれたらなぁという理想かも?家の中でゲームをしたりしてる姿と比べたら須賀健太の三平は眩しすぎるだろうなぁ。それにしても「ALWAYS三丁目の夕日」でまだちっちゃくて、恵まれない悲しい子供の役をしていた須賀健太が、こんなにもヒョロリと身長が伸びて、生き生きとした姿の三平を演じているなんて、ちょっと信じられないくらいである。三平の役の方が彼には合っているだろう。

●映画最初の方の鮎釣りのシーンで腰に刺した玉網をサッと抜いて後ろに振り切り、網に付いた水滴がパパーっと飛び散る映像がなかなか美しい。こういった水の飛沫を美しくフィルムに収める撮影のテクニック、光の読み方というのは熟練した技術が要る。最初にこのシーンを観ただけで、ああ、なんだかいい感じだなぁこのシーンと思った。山の緑、清流の匂い、ひんやりとした爽やかな水の冷たさが伝わってくるような感じがした。玉網で鮎を受ける度にに片足をヒョイと上げておちゃらけをする姿も良い感じであった。撮影と美術、照明を担当したスタッフに拍手を送りたい。

●原作の漫画はもっとユリッペの存在が大きいのだけれど、この映画では完全にちょい役になってしまっているのが残念。ユリッペ役の土屋太鳳は新人として大抜擢とニュースにもなっていたのだけれど、思ったほどの役もなくて、ちょっと目立たな過ぎという感じであった。原作漫画のユリッペは三平に引けをとらないくらい目立つキャラクターなのだけれど。

●原作にはない三平の姉、三平愛子とそれを演じた香椎由宇だが、最初この話を聞いたときは「んー、何も無理してそんな風に原作をアレンジしなくてもいいだろう。香椎は自然を舞台としたこの映画のイメージにも合わないし」と思っていた。だが、三平愛子の葛藤やら、都会に出た姉と田舎のギャップだとかは思ったよりもすんなりと映画に馴染んでいた。これまでの香椎は目付きのせいもあるけど、ツンケンドンとして演技もなんだかイマイチ、あれこれ映画には出ているけれどなんだかどれもこれも妙な役ばかりだなぁと思っていたのだけれど、今回の都会から戻ってきたツンツンした姉という役は素の香椎にちょうど合っていたのかもしれない。三平や一平爺さんとの対比としては良い感じだった。そしてなによりも山奥の夜泣谷に向かっていくとき、そして伝説の大岩魚が掛かってから実際に釣り竿を操ってリールを巻いているシーンなどは、今までの香椎では見たことのないような輝いた目をしていた。香椎自信が実生活でこういった山奥だとか自然の中に入ることが少なかったし初体験に近いものがあったのではないだろうか、そんな初めて経験する自然の中での撮影で香椎自身も伸び伸びと開放的になり、本当に自分が自然を愉しみ、掛かった魚とやり取りをするような醍醐味を味わい、演技ではなく、心のなかから自然と湧き出る気持ちであんな風に目をキラキラさせて、生き生きとした表情を見せていたのではないかと思う。今までの香椎の姿とはまるで違った良い表情が画面に出ていた。自然の美しさ、素晴らしさは役者を演技を、その元となる人間を明白に成長させたのであろう。この映画の中の香椎は、特に夜泣谷でのシーンの香椎はなかなか良いなと思った。

●白組の担当したCGはやはりリアルというにはちょっと違和感があるのだけれど、釣り上げた大岩魚を撫でているシーンなどはへぇっと思うくらい上手く出来ていた。

●魚信さんがバスプロだったりするのもちょっと???という部分だが、流行の要素を取り入れたり、親子、兄弟の葛藤を取り入れたり、脚本としてはいろいろと原作をアレンジして頑張っているなと感じさせる出来である。

●原作者の矢口高雄が「これまで日本でも海外でも何度も何度も映画化という話は来ていたのだけれど、一度も実現しなかった」と言っていたが、やはり生きた魚を扱うということで製作する側からすれば作品の規模以上に金が掛かるという難題がいつも映画化の妨げになっていたのであろう。原作は何十巻もの漫画だし、できればシリーズ物にでもなればいいなと思うのだけれど、子供は成長が早いし、三平役をずっと須賀健太がやるわけにもいかないというところがネックかも? 

講談社が「週刊少年マガジン」創刊50周年記念作品として「釣りキチ三平」を選んだのは非常に嬉しく思う。マガジンの歴史の中でも代表的な一作ということもあるし、今の時代、親と子供が「釣りキチ三平」のように自然の中で親しみ触れ合い都会の生活でほぼ完全に失われてしまった大切なものを思い出して欲しいという気持ちがこの映画には込められているような気がする。

●結構プロモーションも多彩であったし、昔「釣りキチ三平」を読んだことのある親なら、普段映画には余り行かないけれど、これなら観に行ってみようかなと思うだろう。釣りというものが好きな大人なら気にはなる作品だ。配給会社、製作会社の戦略に乗せられるというわけでは無いけれど、やはりお父さんが子供を連れてこういう映画を見に行ってもらいたいなと思う。

●「ベッドタイム・ストーリー」などのあざとく造られたディズニー作品を観るよりもずっといいと思うのだけれど。(実際には「ベッドタイム・ストーリー」の方が随分人は入っているようなのだが・・・)