『三本木農業高校、馬術部 〜盲目の馬と少女の実話〜』(2008)

●映画の最初のシーンから非常に美しい映像だ。三本木高校馬術練習場の風景、朝焼け空、そのさわやかな空気感。
●監督:佐々部 清 この人の作品はいつも実に堅実で、実直で、質実で・・・とまじめな作りのものばかりなのである程度の安心感を持って観ることが出来る。
●この『三本木農業高校 馬術部』もまるでドキュメンタリー映画でも観ているかのような実に質実な真面目な作り。妙なウケ狙いも、伏線も、わざとらしい演出もほとんど無い。実に着実に淡々とストーリーがつなげられている。ややもすれば退屈さが漂ってきそうになるのだが、実話の映画化ということと、実際の三本木高校馬術部に役者がお世話になり、馬と一緒に生活し、そして撮影しているからなのだろう、非常にリアルな馬術部の毎日、馬の世話、出産、母馬コスモと子馬モスカの別れなどが退屈さを跳ね返してくれている。
●演技経験も少ない若い役者たちは実際に三本木高校馬術部に仮入部し、撮影前の数カ月に渡って、毎朝早朝に起き、厩舎(きゅうしゃ)の掃除をし、馬の糞を拾い、飼葉と水を与え、毛を磨き、夜も遅くまで馬の世話をし、そんな中で馬術を学び、障害物を飛び越える訓練をしていったという。映画の撮影は四季の風景を捉えるためにほぼ一年に渡って続けられたという。いまどきこういうスタイルで映画の撮影がされるのは珍しい。役者の拘束期間も長く、撮影に要する期間も長いということは非常に予算のかかることであるし、ビジネスの道具となった今の映画において、こういった時間と金がかかり非効率な撮影は忌避される。(『剣岳 点の記』は別格であったわけだが)。
●俳優陣もびっくりするほど豪華だ。長渕文音柳葉敏郎黒谷友香松方弘樹西原亜希吹越満原日出子、なんとそうそうたる役者が顔を揃えていることだろう。
●大々的なプロモーションが行われたわけでもなく、大きな話題となった映画でもなく、どちらかと言えばひっそりと公開され、公開されたことを知る人もあまり多くはないと思われる作品なのだが、製作に対する力の込めようは並大抵の映画以上だ。
●話の内容も今向けの、受ける、ヒットするようなものでもない。そんな作品にこれだけの役者が顔を揃え、若い役者はいつもの生活からは考えられない厳しい生活と訓練をし、1年に渡って撮影期間をもって作られたこの映画は、今巷でヒットし話題になっているような作品とは別のものが映画の中に漂っている。
それは「本当にいい映画を作りたい」という映画を愛する人たちの情熱であろう。
そんな情熱が強く、たくさん集まらなければ、今こういった作品はなかなか世に出にくい。
そういった意味でもこの作品は非常に稀なる貴重な邦画といえるのかもしれない。
●際どさやあざとさ、わざとらしさを持ったような演出はこの映画の中には殆どない。(落馬のシーンはちょっとわざとらしかったが)それと同じように、ギラギラしたり角が立っているような映像もこの映画の中にほとんど無い。すべてが柔らかく優しい風のようだ。十和田の自然の中で、緑の香を含ませてゆったりと流れているような風、この映画を観ているとそんな青森の風がいつも頬をなでているかのような気持ちになる。
●主役の長渕文音は演技も映画出演も何もかも初めてのまっさらの新人の割には、上手に田舎の女子高生を演じていた。その他の同級生もそうだが、ちょっとした芋っぽさ、田舎っぽさを残した顔立ち、監督はそういうと所を見てキャスティングを決定したのかもしれない。柳葉敏郎の田舎の馬術部監督はぴったりの役である。
●馬の出産シーンというのはやはり生命が生み出される瞬間なのだからそれだけを見ていても自然に感動してくる。そのせいか馬の出産シーンというのは映画の中で何度も使われている。『雪に願うこと』だとかその他の映画でも幾つか馬の出産シーンがあったなと記憶している・・・・パターン化するとこれもわざとらしくなってしまうであろうが。
●爽やかで美しく新鮮な空気に包まれているような作品ではあるが、隠されている部分もある。厩舎はもっと動物の臭いや馬の息、地表から漂う湯気など単純に深呼吸をしたくなるような空気ではない。馬の出産シーンも本来はもっともっと生々しいものだろう。そういったむせるような動物の臭いや厩舎の臭い、空気は映像の中からは感じられない。同じように女子高校生の寮生活を描いている部分でも、女性の部屋に入ったときに感じてしまうようなちょっと息詰まるような匂いや生あたたかな空気感というものも映像の中にはない。そういった部分のリアリティーは敢えて追求していないのだろうけれど、厩舎の様子と出産シーンに関してはもっとリアリティーが、生々しさがあっても良かったのでなかろうか。
●特典映像の作りも観光案内のようなナレーションでちょっと古めかしさを感じちょっと笑ってしまったが、若い役者たちが馬にのり障害を飛び越える練習をしている映像で、障害物の手前で馬が急に止まってしまい乗っている女の子が何度も頭から地面に落ち、そして立ち上がりまた練習をするシーンには「凄いな」と素直に思った。ちょっと間違ったら死んでしまうかもしれないし、普通だったらこんな厳しいこと危ないことはやらないだろう女の子が、障害物を飛び越える練習を頑張っていしてる。馬に乗っているのは森陽子役の 森田彩華だろうか? こんなシーンを観ていると「頑張ったなぁ」と褒めてやりたい気分だ。
●特典映像は映画とは別の部分だからあまり突っついても仕方ないのだけれど、出演者のインタビューで作品の役柄のイメージを崩してしまうような映像を入れるのは良くない。主演の長渕文音は映画の中ではちょっと芋っぽさを感じる青森の純朴で純真な田舎の高校生という役にうまくはまっていたのだけれど、特典映像の中でインタビューに答えるその映像は、髪型や服装は・・・・映画の中の菊地香苗のイメージを台無しにしてしまっている。DVDや映像パッケージ・メディアのVAMの製作においては作品のイメージを膨らませるものを収録するのであり、作品のイメージを変えたり、壊したりしてしまうようなもの収録することは愚かな行為である。この特典映像はもっと細かいところまで配慮して作られるべきであっただろう。
●苦言も述べたが、この映画は凡庸な作品ではあるのだけれど、映画を愛している人の見えない努力がたくさん詰まっている作品であろうし、絵の美しさ、作品の空気感、観終えた時に感じる爽やかさ。そういったものがあるから、両手を上げて賞賛するような作品ではないけれど、なかなかいい感じの、最近では珍しい感じの邦画に仕上がっている。悪くはない。
佐々部清は今までこれぞというインパクトのある作品がなかった。過去作をすべて観てはいないが、並べて見ると良い題材を扱ってはいるのだけれど、小ぢんまりとまとまった佳作がほとんど言うべきであろう。ある程度以上の作品レベルを保持し、作りづけているのだから、それは凄いことだとも言えるのだが、そろそろドンと強い感動で心を揺さぶられるような一作も欲しいものだ。
過去作で鑑賞したものでは『陽はまた昇る』と『夕凪の街、桜の国』の第一部が良かった。

□『陽はまた昇る』  (2002年) □「チルソクの夏」 (2003年):未見  □『半落ち』(2003年) 
□『カーテンコール』(2004年) □「四日間の奇蹟」 (2005年):未見
□『出口のない海』 (2006年)□『夕凪の街 桜の国』(2007年) 
□「結婚しようよ 」 (2008年):未見