『太陽 The Sun 』

天皇だ、軍隊だ、なんて話をするとすぐに「お前は右だ、右翼だ、皇国史観の持ち主だ」などと言われるような気がする。まあ、共産党共産主義社会主義の話しをしてもそう。それから宗教に絡んだ話しもそう。日常会話の中で割りと避けて通るべき話題というのが我々日本人の中にはひっそりと、そして結構あれこれと存在している。

天皇の話だとか、共産主義、そして宗教の話しなんかをすると「なんかこの人胡散臭い」と思われ、距離を置かれる。自分もそういう話をする人とはやはりちょっと距離を置いたり深く付き合わないようにする、なんてことが実際にはある。

●そういった中で、日本の天皇崇拝の話しというのは、すぐに軍国主義とか過去の戦争の軍隊が行なった悲劇などに結びつき、日常の会話の中では特に忌避されるものではないだろうか?

●第一次、第二次大戦時の極端なまでに暴走した軍国主義皇国史観はその主張を”愛国心”の名のもとに正当化した。だから、戦争を知らないその後の世代にも愛国主義軍国主義=右翼 みたいな観念が浸透し、国を愛するだとか、自分の国の為なんていう言葉はそのまま軍国主義に通じるものとして忌避されていたような気がする。

アメリカはこれも愛国主義が暴走しているが、戦後の日本人ほど自国を愛するだとか、国とか、国家なんていう言葉を嫌悪し、押しつぶしてきた国はないのではないだろうか? 戦時中の暴走した軍国主義の正当化が愛国心愛国主義であったため、戦後はそういう言葉を発したり、そういう考えを外に向かって表現する者はあの忌まわしき軍国主義者の再来であり、忌まわしき者であると決定付けられていたからかもしれない。

●そういうふうにあまり日常会話の俎上に乗らないものとして、天皇というのはさらに顕著だ。これもやはり軍国主義とあの戦争に結びつくイメージがあるからであろうし、それとともに、やはり日本ではおいそれと言葉にだして論議したりするべきものではない、絶対的存在という感覚がより強くあるからであろう。

●なんか話しが逸れたが、日本映画、いや映画だけではなく、テレビ、小説、舞台でも天皇をテーマとして取り上げるというのは日本の中では非常に稀であり、また取り上げてはいけないというのが暗黙の了解のようになっている。だからこそ、昭和天皇とあの終戦、そして占領軍マッカーサーとの会話など、日本のメディアに関わる人は先ず取り上げることはないだろう。それはいってみれば腫れ物なのであるから。その腫れ物を真正面から取り上げて映画にするというのは、日本人では先ず無理なこと、無理ではないのだけれど敢えてやらないことであろう。

●そんな日本人が手を付けない天皇という存在を主題として扱った映画ということで、自分自身もまた腫れ物に触るような感覚が確かにあるようで、興味は持ちつつも、なかなか手を伸ばして見るというところに至らなかった。

●果たして、内容はどうなのかとなると(妙な偏りは自分にはないと言った上で書かないと、直ぐに偏向した意見だと言われそうだなやはり天皇に関する話題は)一体なんなのだろう?という作品であった。

●監督はロシアの鬼才(と言われているそうだが)アレクサンドル・ソクーロフ。20世紀の権力者を主題とした作品を作り続けているということだが、果たしてこの監督は昭和天皇裕仁の何を表現しようとしたのか、何を映画で伝えようとしたのか・・・全く意味不明である。

イッセー尾形演じる昭和天皇裕仁が、常に口をパクパクさせ、まるで現実社会を知らない、知識は沢山有るが世間知らずの甘えん坊のお馬鹿な、今でゆうオタク的存在であったかの描かれ方をしている。これが昭和天皇なのだろうか? なぜに監督は昭和天皇をこのように扱ったのか? この映画の中での昭和天皇には自分としてもかなり極端な違和感、拒絶を持たざるを得ない。

●監督は人としての天皇を描こうとしたのであろうが、これでは笑えないかなり寒いギャグにしかならない。天皇としての威厳もなにも感じさせない。

マッカーサーとの会談シーンも、一体全体何???という感じであり、ああ、マッカーサーはこんなに尊大だったの?という印象と、昭和天皇が妙な仕草と妙なしゃべり方でまるで知恵遅れの如く演出されている。

●この映画は戦争の悲劇を描くことでもなく、天皇人間宣言に至る苦悩を描くでもなく、昭和天皇裕仁の奇怪な人物像を描く、というか作り出して、それを20世紀の権力者の姿だとしているようである。
これでは歴史でもなんでもない、ただの人物曲解の映画でしかないんじゃないのかね?

●なんだかあまりにどうしょうも無い内容と表現にただただ呆れるばかりである。

天皇本人よりもその周りで天皇に仕えている人のほうがそれぞれ個性的に描かれているというのも皮肉というべきか。

●日本人が手を付けない、付けたがらない存在である天皇というものを外国人が取り上げた映画ということで、多かれ少なかれの期待度はあったのだが、これは何たる作品なのかね? 道理で良いも悪いも作品の噂が殆ど聞こえてこないはずである。