『大いなる陰謀』 

●これほど社会的な内容(想像以上)とは思わなかった部分もある。

●「Outfoxed: Rupert Murdoch's War on News」や「Uncovered: Whole Truth About the Iraq War」などイラクでのアメリカの所業を批判した作品(ドキュメンタリー)はアメリカでは過去にもDVDリリースされているが、日本では殆ど話題にもならない。
ましてやリリースなど殆ど無し。

◎内容としては「大いなる陰謀」もこれらと似通った物かもしれないが、キチンと公開されるというだけでやはり影響力は違うだろう。

●本来FOXはブッシュ寄りという会社であり、FOX NEWSなども明らかに偏った、意図的な情報操作的な番組を流していた。
そのFOXがこんな映画を公開するとは? と不思議に思っていたのだが,UAが製作しMGMがディストリビューション(MGMはFOXに配給を任せているから、最終的にはFOXが配給する契約)となり、FOXだったらやらないような映画なのに、契約の絡みもあり、配給せざるを得なかったということだろう。キチンと配給、宣伝して報告しないと契約社会のアメリカじゃ訴えられる。だから企業としてのそれまでの方針とは違っていても許容できるところ、影響がそこまで大きくないと判断されるならブッシュ批判の映画だろうが、なんだろうが扱わなければならない。そこが信念のないビジネス主義とも言えるが、大方の人はそんなこと、気にもしないだろうという読みか? そこをアメリカの自由さなんて褒めるつもりは毛頭無い。しかし日本でもこういった作品が劇場でまっとうに公開されるのだから、ありがたいと言っておくべきかもしれない。

アメリカという国が自国批判をしたり、反省の色を出したりするのはそう滅多あることではないが、まあ数えれば何件かは思い浮かぶ。特に映画というアメリカ最大の輸出産業で、最大の娯楽産業の部分で自国批判をしたというのはやはり「プラトーン」が最初に思い浮かぶ。ベトナムのジャングルで「自分たちは間違っていたかもしれないな」と語るウイレム・デフォーに衝撃を受けた。監督であるオリバー・ストーンは反体制的な傾向は強かった訳であるが、映画の中で国家の所業に付いて、僅かでは有るが表に出して間違いを認めるような発言をしたのはある意味驚きでもあった。

◎「大統領の陰謀」(1976)はロバート・レッドフォードが出演している作品だが、これは大統領の摘発であり、それがアメリカという国の批判まで発展してはいない。逆に言えば、大統領をも摘発出来るアメリカという国の称賛でもあるわけだ。今回の『大いなる陰謀』はブッシュ批判ではあるが、それはブッシュというアメリカの大統領を産み出したアメリカという国の在り方自体までに批判を拡大している。この作品はブッシュの個人批判ではない、ブッシュが顕著に見せつけたアメリカという国家の負の部分への痛烈な批判である。

マイケル・ムーアはドキュメンタリーを映画の土俵に乗せたのであるから、映画人の自国批判とはちょっと異なる。だが、その分突きつけた矛先は鋭く、痛烈であった。

●そして、記憶に新しい所では「硫黄島からの手紙」「父親たちの星条旗」クリント・イーストウッド監督が日本との戦いで、歪めて伝えられた英雄伝をばっさりとねつ造と切り落とし、そこに有ったのは偽善と国民の思想コントロールであり、それは英雄でも、正義でも、正しきことでも無い間違ったことを自分たちの国家はしていたのだとあからさまにした。

●そして、今回はロバート・レッドフォードだ。

アメリカという国でアメリカを批判する、現状を批判する、それも映画という最大産業で大衆に向かってそれを発信する。それは有る程度以上の知名度を持ち、年齢も重ね、富と名声を持った人物でなければ出来ないのであろう。(まあ、どこでもそうかもしれないが)クリント・イーストウッドロバート・レッドフォードのように反対派の意見や悪意有る攻撃に潰されない位の立場にならないと、こういう自国批判は出来ない。強く根を張らなければ引き抜かれ枯らされてしまう・・・・だからこそ、今ここにきて、クリント・イーストウッドロバート・レッドフォードがようやく批判を表現することが出来るようになったのだ。ようやくその自由を行使できる立場になった・・・・これだけ年齢を重ねた今となってようやく。

●なんでもない一介の市民、ちょっとしたニュースキャスターやコメンテーターが同じようなことをすると、アメリカという国のそこら中にいる、自由を取り違えた狂った人間がピストルでドン!とやりかねない。潰されてしまう・・・・であろう。

●作品は「これが、今のアメリカの現状だ、今のブッシュ政権のやりかただ、これでいいのか? このままでいいのか? 変えなければこの国はもうダメになる」というメッセージをビシビシと見る者に黙々と問いかけてくる。

●ジャーナリスト、映画評的には、大統領選挙を前にしたプロパガンダ映画だとか言っているところもあるが、この映画は元々そういう考えで作られた映画だろう。そしてこういう内容の作品を映画として出せるのは・・・ロバート・レッドフォードのような立場に至った人間だからできることだ。(悲しい事だが)

●今のアメリカのやり方に、疑問、不満、憤りを持っている人はアメリカの中でもかなりのパーセンテージになるのではないか? だが自由の国アメリカはその意見をおおっぴらに口に出して言える状態の国ではない。声を出して言える人、それを大衆に向けて発信する手段を持ちうる人、それは数少ない。

●自分としてはこの映画のロバート・レッドフォードの姿勢には恣意的なものは感じない(感じたいとは思わない)今こんなことを声をだして言えるのは自分だろう・・・ロバート・レッドフォード自身もそう思っているのかもしれない。もう老い、怖いものもない状態だからかもしれない。

●こんな映画がこの日本で作られたとしても・・・・公開されることなど無理だろうな。どこかの小さな小屋、なにかの特別な施設やコミュニティーでひっそりと上映されるだけだろう。

●映画というには余りに特殊な作品だが、映画という手段を使ったプロテストと言うべきだろうか。

●余談だが「大いなる陰謀」という邦題は最低の3倍位酷いタイトルだ。作品の内容ともまるで合致していない。このタイトルを付けた人間は作品を見ているのだろうか? ”大いなる”という題名はFOXが多用する十八番邦題だが、この作品に使うのは愚かとしか言い様がない。

原題の「Lions for Lambs」は作品中のセリフでも使われていた。「ライオンが率いる(誘導する)小羊の群れ」・・・・・「1頭のライオンに率いられた羊の群は、1匹の羊に率いられたライオンの群に勝る」アレキサンダー大王の言葉。ロバート・レッドフォードはそれをアメリカの国民に投げ掛けている。
権力を持たない一般大衆であっても、力をあわせれば権力者に勝ると捉えるべきなのか?

戦艦ポチョムキン」に於ける革命前のライオンの映像・・・・つまりライオンと主権者・・・というのもこの名言の意味に少し絡んでいるのだろう。

●ネットでこの作品のポスターを見たとき、メリル・ストリープトム・クルーズは分ったが、ロバート・レッドフォードは最初誰だか分らなかった。目がびっくりするくらいにまん丸っこくなっていて、往年の彼とは想像できない顔になっている。目茶苦茶太ったとか痩せたというような変化ではなく、目つきがこれだけ変わって、まるで別人の様になるというのも驚きであった。