『ヘルタースケルター』

・音楽、BGMが酷いな。なんじゃこらってレベルだ。どういう感じでこんな音楽つかってるんだ、この言い方は通俗的で類型的で使いたくはないが、いわゆる「センスがない」「センスがわるい」「センスのかけらもない」ってやつだ。

沢尻エリカの演技がまんざらでもないじゃない、というか表情、泣き方、叫び喚き方・・・かなり感情が入ってる。これだけの演技できるのかと少々驚き。
沢尻エリカの激しいファックシーンやモロ出しヌードというのも話題になっていたが、沢尻の裸になんだかエロスを感じない。胸は入れパイか?という感じだし、乳頭でかいしw なんだか脱いで欲情が掻き立てられるという感じではない。
南野陽子が脱いだ時は清純派女優がうんぬんかんぬんということでオオ!という感じもあったのかもしれないし、その裸にも清楚さがかんじらオオ!という驚きと欲情も出たのだが、もう充分に悪女、性悪オンナ、充分セックスしまくり、汚れまくり・・・という印象がしっかりついている沢尻が脱いでも、なんかなぁという感じになってしまうのかな。こんなもんかいという感じだ。

・それにしても音楽だけじゃなく、演出に色も技もセンスもないなぁ、というか演出が、脚本が稚拙だ。なんだこの作品は。

寺島しのぶはなんでこんな映画に出たのか? なんでこんな役を引き受けたのか? 蜷川実花が監督だというだけで飛びついたのか? 実力も能力も実績もある寺島がこんなカスっぱの、どうしょうもない、引き立て役のごとき役を演じるべきではない。

沢尻エリカが予想外に頑張ってるなぁ、中身の毒々しさを出しているなぁと感心した以外はほとんどなにもなしの映画。

・沢尻のヌードやセックスも単なる話題作りだけ。その話題があったから衆目も集めたのだが、それは結局のところ男が撮ろうが女が撮ろうがシモネタと裸とセックスと暴力があれば兎に角人は呼べるという旧態依然の定石に座布団を敷いて座っているだけだ。

・この映画の中の、沢尻のヌードもセックスも、あってもなくてもいいようなものだ。そんなもん無しでやってもこの映画は何も変わらないだろう。極めつけにツマラナイお話、脚本でしかないのだ。
[:W600]