『時雨の記』(1998)

・出だしからかなり以上に短絡的、手前勝手、都合のいい話、脚本だ。20年前に一度会っただけの歳をとった男と女がこんなに簡単に、都合よくひょいひょいと学生みたいな恋愛関係になるかって。

・バブル真っ盛りの前年に、小金持ちで暇を持て余し、人生と日々の生活に中年の不倫というアヴァンテュールとエロティックな刺激を求めたオバサン連中に大受け大ヒットした『失楽園』を倣い柳下の二匹目のどじょうを狙って企画された映画じゃないのかと邪推する・・・たぶんそうだろう。

・中年男女の不倫映画をもう一本作ろう!なにかいい原作はないか? あ、あった少し古いが芥川賞を獲った中里 恒子の『時雨の記』があったな、あれを使おう。『失楽園』はセックス描写も多く、エロエロだったが、同じのをやってもダメだ、純粋な美しいプラトニック・ラブで行こう。配役はどうする?そうだ日本のトップスターである吉永小百合と渡哲也を共演させれば、これは話題になるぞ、中年オバサン層の心をぐっと掴めるぞ、ヒット間違い無しだ!ようしやるぞ・・・てな感じで映画が作られたんじゃないかねぇ〜。

吉永小百合は流石だと思うし、昔のアイドル中のアイドル、日本の大女優だからふむふむと鑑賞したが、どうにもこうにもこの映画は話がご都合よく出来過ぎ。脚本があざとらしいね。中年男女の夢物語として描こうとしたのかもしれないが、ここまでなんでもトントン拍子というのはありえないだろうという展開だらけ。それはつまり、そのまま現実味、真実感が薄く話に質量が乗っていないのだ。

・こういう恋をしたいなぁとぽわーんと憧れるという人向けか。

昭和天皇の様態悪化のニュースや、天皇崩御のニュースを間にはさんだのにはなんの意味がある? この辺も映画として変である。あんなのを入れて昭和から平成に移る時代を感じさせようとしたのか? それは浅はかすぎる。

吉永小百合と渡哲也の純愛という奇麗な部分はまあいいとして、二人のデートや食事、会話などを眺めてへへへと思うだけで、それ以外は殆ど何も無しといってしまっても過言ではなさそうだ。

・演出もかなり態とらしい。吉永小百合、渡哲也という熟練の役者によくもまあこんなくさい演技させるなあという場面もいくつかあり驚く。

・これまた要りもしないようなイタリア・ロケを入れたり、まあまあ邦画の動員がまだ良い頃のバブルの時代にバブルに乗ってる様な映画でもある。プロデューサーや監督が映画撮影に乗じて外国でちょっと遊びたい、または海外ロケを入れると少し箔が付くとでも考えて要りもしない海外シーンを入れるという作品はよくある。劇場版『クライマーズ・ハイ』のラストもそうだった。そしてあれもまったくの無用なシーンだった。

裕木奈江細川直美とか当時のちょっと綺麗な若手女優をチョイ役で使ってるってのもいかにもバブル期の映画。

・二人の名優を観る以外は映画として脚本も話も質もスカスカである。

・原作小説はたぶんもっと中年の二人の恋を情緒的にしっかり丁寧に描いているんじゃないだろうか? 映画は表面的な二人しか描かずその心の動きを感じさせるような描写がまったくもって希薄。

・密林のDVD解説をみてみたらこんなことが書いてあった。
《1977年発表当時“中年男女の命のかぎりの愛を描き得た小説”と絶賛され“しぐれ族”なる流行語まで生んでベストセラーになった、今なお読み継がれる恋愛小説の白眉である。映画化にあたっては、この原作の熱烈な愛読者である吉永小百合のたっての希望で実現、その相手役も渡哲也が吉永の呼びかけに応じ実に29年ぶりの夢の共演を果たしマスコミ界を沸かせた。映画公開時は“大人の恋”に主人公たちと同世代のミドルパワーで賑わい、大ヒットを記録。》

・・・・しぐれ族・・・知らんなぁ。なにそれ?検索しても意味は出てこないが、こういう中年不倫に憧れるオバサンを《しぐれ族》とでも言ったのだろうか? それとも原作本の世界に心酔してこの本にぞっこんしてしまった人をそう言ったのだろうか?(くれない族とか夕暮れ族っていうのなら知ってるが)

これ、大ヒットしたの? まったく知らなかったけど。たぶんコケてるんじゃない? 発表された興収、配収なんてのは当てにならない数字だが、ちょっと見てみたら1998年公開作として興収が約9億。この当時としてはまあまあだが、たぶん吉永、渡のダブルキャストで大ヒットでも狙い、予算も結構注ぎ込んでいるだろうからこの興収は大きな見込み違いだったのではないか? 前年の「失楽園」が50億近い興収となってるから、やはりこれはコケたという感じだろうね。同じ年には「りんぐ」や「踊る大走査線」なんてのも公開されてるから、影は薄かったのかも?

撮影は木村大作だったのね。

しぐれ【《時雨》】 [1]初冬の頃、一時、風が強まり、急に ぱらぱらと降ってはやみ、数時間で通り過ぎてゆく雨。冬の季節風が吹き始めたときの、 寒冷前線がもたらす驟雨(しゆうう)