『イーグル・アイ』(2008)

●十二分に面白く、エンターテイメント映画として文句無し。まったくだれる事もなく、実に見事で巧みな娯楽映画のお手本となるような作品。脚本、撮影、アングル、編集、カット、演技とどれも文句無しの一級品。だが、全て80点、一つ飛び抜けた驚きがない。感動もない。

●ラストまで見て、そういうことですかと分かってしまうと、面白かったけれどそれまで。話に深みが殆ど無いといっていいから、もう一度見たいという気持ちにならない。
すなわち感動も、感激も無く、一回観て、なかなか面白かったな、悪くないかったね、と思って、それで終わってしまう映画。観たものの心に残るもの、心に訴えるもの、感動、それがない。

●技術的な部分はかなりハイレベルだし、娯楽映画としても立派な出来なのだ。娯楽映画なら一回観て楽しめたらそれでいいんだ、とも言えるのだが、娯楽映画でも心に残るもの、感動を与えてくれるものこそが後々まで語り継がれる映画。この映画は観たら直ぐに忘れてしまいそうな映画。

●表面に塗してある甘味料を舐めてしまったら残りは味も何もないゴム、この映画はチューイング・ガムという感じだ。面白かったけれどイイ映画だと人に勧めるほどでもないその場だけの映画、そういう映画。

CGIの映像は凝っているし、金も掛かっているけれど、そこまで。なんとなく「宇宙戦争」も似たような映画だ。

スピルバーグ原作、スピルバーグ製作総指揮というところばかりPRされていて、まるでスピルバーグが監督しているかのような宣伝。これじゃこの監督もちょっと可哀想だな。

スピルバーグが温めていたストーリーだということだが、土台は「マイノリティー・リポート」のようなものだろう。

●人間と人間社会を管理するためにコンピューターを使い、そのコンピューターが暴走をはじめて人間と対立するというお話し、構図はもうさんざん使い古されてきた。多少状況設定を変え、CGIで新しい映像を見せても、ストーリーの設定が既に手垢まみれで、聞き飽きたものだから、中盤以降で徐々に種明かしがされていくと「またその話か」と
うんざり感が漂う。

●アリアなるマザー・コンピューターを破壊するのは壊れた金属の手すり。ありとあらゆる電子端末を操作し、人間の行動予測までして無敵と思われるコンピューターに致命傷を与えるのが、たまたま壊れて転がっていた金属棒を使ってガシャンとは、敢えて原始的な方法で壊すという皮肉にしたのか? それにしてもそれまで無敵でもう人間の制御すら出来ないと思わせておいたコンピューターをミラーボールを割るようにして簡単に壊すというのはちょっと拍子抜け。無人暗殺飛行機を壊すのも車がぶつかって跳ね上がったトラックの積み荷かなにかの金属枠だった。

●TVで観てちょうどいい作品という感じか。

◎監督:D・J・カルーソー
シャイア・ラブーフトランスフォーマーの主役よりもずっと顔付きが良くなった。
ミシェル・モナハンダイアン・レイン似で堅実な美人女優という感じだ。
ビリー・ボブ・ソーントン:こういう脇役よりももっと癖のある主役のほうがいい。