『キューポラのある街』(1962) 昭和37年

キューポラ(Cupola furnace)・・・鉄の溶解炉。

吉永小百合は高校在学中の出演ということだが、実に堂々たる演技。やはり日本を代表する紛う事無き大器。大女優になる片鱗が如実に見てとれる。

終戦から10年経って、かなり復興してきた37年当時の昭和の日本とはこんなだったのかと描かれている生活の風景に目を見張った。江戸時代の頃と変わらぬような長屋の住居。ボロボロの障子戸、台所も居間も子供の勉強机もみんな仕切りもなく一つ部屋にある家。モノクロのテレビ、この作品で描かれている当時の庶民の生活は今からみれば本当に貧しくて、ギリギリといった感じだ。『ALWAYS 三丁目の夕日』が公開されたとき「昭和30年代後半の懐かしさ、東京タワーの建設風景などが郷愁を呼び起こし人気に繋がった」なんていう声が聞こえたが、この「キューポラのある街」を観ると、モノクロとカラーの違いがあるとはいえ、本当に昭和の雰囲気を再現して画面に映し出しているは「キューポラのある街」だなとしみじみと思う。

●町工場で働いて、失業して、家族も揉め事が続いてギスギスしてきて、そんな状況は今の世の中だってそんなに変わりないのだけれど、そんな中でも子供たちは小さいのにびっくりするくらいたくましく、親に負けないくらい強く、そして前向きに生きていこうとしている。駄目な社会や駄目な大人は今も昔も全然変わってないのだけれど、子供たちだけは今よりずっと健やかで純真で伸ばそうと思った手を思い切り伸ばそうとしていた。この頃よりずっと豊かなのに家に閉じこもってゲームやテレビにしがみついている今の子供より、この時代の子供は心も体もずっと健康的だったんじゃないだろうか。

●工場に勤めながら定時制で高校に通うと決めたジュンの輝く瞳、表情。新しい場所、新しい世界で今まで知らなかった新しい事をこれからどんどん知ってゆくことが出来る希望に満ちたジュンの顏に、苦しいけれど頑張れば必ず未来は開けていくんだという当時の日本が持っていた前向きでへこたれない心が投影されているかのように見えた。

●当時は貧しくて苦しい時代だったけれど、少しずつでも頑張ればこの国も自分たちの生活も段々よくなっていく、そういう時代だったんだ、そういう中で頑張ってきたんだ。観る人にそんなことを思い出させて「ようし、頑張ろう」「ようしやってやるぞ」と思い出させたり、元気づけたりする、これはそんな映画なのかもしれない。

●白黒の技術は文句なし。奥行きや細部の表情まで見て取れる実に美しいモノクロ映像だ。リストアの技術の高さもあるが、当時の監督、カメラマン、照明、美術など担当者の技術、芸術レベルの高さをまざまざと感じる絵だ。口紅を塗るシーンはやはり色が欲しいなとは思ったけれど。

●音声の聞き取り難さは黒澤映画と同じ。なにを言っているのか繰り返し確認しないと聞き取れない部分がかなりある。いかにデジタル・レストアしてもこの時代の映画は音声の聞き難さの改善には限界がある。

●しかし、こんな両隣、向かいの家まで直ぐ近くに繋がった長屋のような所で、こんな大声で叫んで、喧嘩していたら、周り中に家族の内情など筒抜けだろう。昔は却ってそういうのを聞いても、見て見ぬふりをしながらバランスをとっていたということなのだろう。却ってそうやって大声張り上げて喧嘩したり、怒鳴ったりしていたから心の中に溜まるものもなかったのかも知れない。

●ラストシーン。遠くに見えるのは秩父の山並みだろうか。

朝鮮人差別を描いている部分があるが、昭和の初期、こういった工場の町、川崎などもそうだろうけど、そこで働く朝鮮人差別というものは日常的にすぐ側にあったのだろう。でもこの映画ではその差別を描いているわけでも、差別して描いているわけでもない。大人たちが差別的な目で見ていても、子供たちは直感で大人の論理など無視し、そんなものは端から純粋な心で否定して、人として、友達として朝鮮人と呼ばれる人と接している。心を通わせ友情を育んでいる。朝鮮人を描いているシーンはなにやら《在日朝鮮人北朝鮮帰国運動を肯定的に描いているとして批判》されていたということらしいが、今回観ていて強い扇動的な意図は感じられなかったし、そういう運動まで思いは及ばなかった。当時は社会問題にもなっていた運動ということだが、今この映画を観る自分の目は、当時の社会状況を描くための純然たるモチーフの一つだと思った。当時の人は別の感じ方をしたのかもしれない、映画も時代の社会状況、観る人を取り巻く環境で如何様にでも受け取り方は変化するものだ。

●『伊豆の踊子』や『ひめゆりの塔』と並ぶ日本映画の名作で、吉永小百合の代表作ということで前々から観てみたいとは思っていたのだが、BSシネマでこんなにキレイにレストアされたものを観る事ができるとは、本当にありがたい、感謝感激だ。

§続編もあったのか、知らなかった。

原作:早船ちよキューポラのある街
監督 浦山桐郎、脚本 今村昌平浦山桐郎
監督デビュー作。
出演者 吉永小百合東野英治郎浜田光夫
吉永小百合(1945年生まれ)撮影当時は17歳位

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