『鳥』(1963)

●原題『The Birds』・・・・邦題『鳥』なのだが、なぜかこの作品、日本では「ヒッチコックの鳥」と監督の名前を先に付けて語られている。

●やはり面白い。観ていてまるで飽きない演出。かといってわざとらしさあざとらしさが目立つようなものでもない。ジャングルジムに徐々に鳥が増え、襲ってくる恐怖、その映像編集の巧みさ。遅いかかかってきて嘴や爪先で肌を引っかき突き刺す痛みまでもが画面から感じられる。
「あ、これはあの映画で同じようなシーンがあったな」と思うところが多々ある。なるほど、現在に至るまで映画のお手本とさえ言われ、多くの監督が参考にする映画だということに納得。やはりこれは映画の教科書であるな。
影技術や演出技巧に関する部分は沢山の人が研究し、それを説明しているから、そこは自分があれこれ書くまでもあるまい。

メラニーが二階の部屋に上がって行って、屋根を突き破り侵入した鳥の群れに遭遇したときに、なんでもっと素直にドアを開けて逃げ出さないのか?とこの部分にはちょっと演出に不満あり。下で寝ている子供たちを守ろうとしたということになるのだろうけれど、あの状況ならすぐにノブを手にしてドアを開けて廊下に逃げることが出来るんじゃないの?と思ってしまう。こういう風に不自然に思うところが一つでもあるとちょっと監督のご都合主義で話を作ってしまっていると感じてしまう。それ以外は文句なしなのだが。

●このシーンで懐中電灯のライトを点けたままでいたために鳥が却って騒ぐという演出がされているが、ジュラシックパークで恐竜に襲われジープの中に逃げ込んだ子供が懐中電灯を消さないがために恐竜がしつこく襲いかかってくるというシーンはスピルバーグのオマージュだろうか? 鳥に襲われ目をくり抜かれて倒れているダンはジョーズでオマージュされているということだし、他にも他の映画でオマージュされているシーンは沢山あるのだろう。

●カフェに閉じ込められた人々の中で、一人の女性が狂ったように「お前が来てからおかしなことが起こり始めた、お前は魔女だ!」とメラニー叫ぶシーンは、ホラー映画で閉じ込められた群衆の中から一人狂信的な人間が出てくるという設定でよく使われている。『ミスト』でもおなじような場面があった。

●結局、鳥がなぜ人間を襲ってきたかという説明など一切なし。その説明をしてしまったら却って恐怖感がなくなってしまう。わけがわからないから却って怖いというこの演出。そしてラストに至ってはこの先どうなるのか分からないままでプツンとストーリーを断ち切られる。すると映画が終わった瞬間、ぶるぶると背筋に冷たいものが走り体が震える。

●まるで中途半端に話の途中で放り出されるような感覚は『Xファイル』に似ているか?

●主役の女性メラニー・ダニエルズ(ティッピ・ヘドレン)はいかにも往年のハリウッド女優だ。ぱっちりとした目、長いまつげ、金髪、抜群のスタイル。バーグマンにしてもヘップバーンにしろ、往年のハリウッド女優の気品も兼ね備えた美しさにはやはり酔眼となってしまう。

●ペットショップで見かけた男を別荘まで追いかけていくメラニーって、今で言ったらちょっと怖い女性ストーカーと言ってもいいかも? まあこれだけの美女にストーキングされるなら文句は付けないだろうが。

ヒッチコック(1899年 - 1980年)昨年は生誕110周年ということで今年は没後30年、有名な人になると10年区切りであれこれと特集企画が持ち出される。でも100年、110年はあるが、120年、130年となるとあまりないか? 110年というあたりが没後に企画が行われる節目であろうか。黒澤明も今年が生誕100年なのだが・・・どうもごたごたした話題しか聞こえてこない。

●ちょうどNHKでは没後三十年の特集が組まれ数々のヒッチコック名作が放映されていたが、BShiではプレミアム8<文化・芸術> 巨匠たちの肖像「ヒッチコック サスペンスの深層」という番組を放送していてヒッチコックの独創的アイディア、演出技術などがかなり詳しく、わかりやすく解説されていた。

●ふと気がついた。ヒッチコックの作品は一つも観ていない。そうきちんと一作品を鑑賞したものが一つもなかった。『鳥』や『サイコ』『北北西に針路をとれ』『めまい』など作品名は知っているし、有名なシーンは何度も観ている。そのシーンだけを切り取った映像がかなり頻繁にテレビなどでも使われるからだ。昔TVの洋画劇場などで『鳥』は何度か放映されていたと思う? 鳥が襲ってくるシーンは記憶の中にある。たぶん怖くて全部を観ていなかったのかもしれない。全体のストーリーをしっかり観た記憶がない。

●ちょっと前までは新しい映画ばかりに目をとられていて、古い名作というのはなかなか観ようとしていなかった。最近は過去の名作を見返しているほうがよっぽどいいと思えるので、だいぶ古い作品を観ているが、それでも名作、傑作といわれるもので観ていないものは山のようにある。

●この機会にヒッチコックの何本かはきちんと鑑賞しておこうと思った。
確かDVDで発売されたヒッチコック・コレクションなんていうのも持っていたはずなのだが「これはたぶん観ることはないだろう」なんて思って知り合いにあげてしまった。今にして失敗したなと後悔。