『ジェネラル・ルージュの凱旋』

●突き詰めた言い方をするならば、緊急医療の本当の現場というのはもっともっと重く厳しい現実があるだろう。作品の中で声高に叫ばれるその現場の沢山の問題、疑問も「映画作ってる外野がなに上っ面だけなめて医療の問題を分ったようなこと言ってるんだ」という偽善者的異物感も無くはない。(原作者は別だが)

●だが、特に後半部分での映画の中に篭る”憤懣たる思い、憤り”は、この映画を作る過程で脚本家、監督、スタッフが肌で感じ、なんでなんだ!と憤ったその熱気が、映画の中に、作品の中に、映像の中に伝播して乗り移ったものだろう。

●小説でも、報道記事でも、文章に書いている人間の熱が篭る時がある。書いている人間の怒り、憤り、こんなんじゃだめだ!こんな状況を変えなくてはならないんだという腹の底、胸の奥から湧きだしてくる憤懣。その気持ちがチリチリと火傷しそうな位の熱となって文字に宿る時がある。そしてそれと同じように、この作品には、特に監督の現在の医療の実態に対する憤り、怒りが鬱積するように詰まり、それがスクリーンからチリチリと火傷しそうな位の熱となって伝わってくる。

●四方八方から多面的な見方をすれば、何にだってアラは有る。この作品にも見る人が見れば、あれこれアラもあるし、ある方向、立場からの目でしか見ていない部分もある。だが、それはそれで仕方ない、それであってもいいのだ。こういう見方もある、そういう見方だけではない。物事を一方向からしか見ていない、考えていない、描いていない・・・そういう批判もあって良し。鎧で体中を固めるようにありとあらゆる方向から全てを勘案して物事を語ることなど殆ど不可能だ。こっちの側から語るならばあっちの側からは語れない、あっちの側からはまた別の人、別の何かで語ってくれればいいいのだ。たとえ一方向からの目であってもそこにきちんとした意識と熱をもって語られているならば、それにはしっかりとした価値がある。他方向から語られていないからといって価値が下がるものでもない。沢山の人が沢山のことを言いあってこそ総体として物事は形を持って語られていく。だから、この映画はこれで良いのだ、一つの視点として貴重な価値を持っている。

●原作者は医療に絡めたサスペンスを書いている、しかしこの作品はサスペンスの要素は薄い。社会派の性格が強い。原作者はサスペンスを書きたいのだと言っているが、脚本化されたものはサスペンスはあるにはあるが、言ってしまえば犯人探しの部分は無くても良いくらいのエピソードである。それ以外の緊急医療、病院の問題という社会性のある部分こそが映画の本筋になっている。大胆な原作からの変更だが、そここそがこの作品を良いものに仕上げた要因である。

竹内結子はいままでも書いているがどうにも好きになれなかったが、この映画ではなかなかイイ感じの演技をしている。可愛らしさも出ている。初めて竹内を奇麗だなと思ったし、演技が臭さが鼻につかなかった。これもキャリアの積み重ねの賜物か。

阿部寛の使い方は絶妙。尊大、傍若無人、自己中心的、我侭放題、しかし愛せる味が出ている。竹内演ずる田口公子に「引っ込んでロー」と怒鳴るシーン。小児病棟で子供たちに「ガリバー、ガリバー」と玩ばれるシーンは大笑いしてしまうほどであった。

堺雅人は「篤姫」でも「アフタースクール」でも「クライマーズ・ハイ」でもなんだかオタク臭さ、幼児性の残る変な役柄ばかりであったが、今回も同じく幼児性を残した役ではあるが、今までとはちょっと違って確かにカッコ良さまで出ている。ニヤツク笑顔ばかりが目立つ堺雅人だが、同じパターンの役ばかりをやらせるのではなく、今度はニヤつく場面などのない、硬派な役もやって欲しい。それにしても今回は良い役を得たものだ。

高嶋政伸の左右でズレた目玉の感じも性格のねちっこさを感じさせる巧いキャスティングだ。羽田美智子貫地谷しほり野際陽子とどれもこれも実に見事なキャスティング、そして演技。貫地谷しほりは今までとは違うキャラだなぁ。

●伏線の張り方も巧妙洒脱。観ていればその伏線の繋がるタネ明かしは大体わかるのだが、持って行き方が巧いので思わず「巧いな!」と唇を緩めてしまう。

●救急センター長室の奥のドアが閉ざされた一室に「そこにはメディカル・アーツに便宜を図ってもらった物が入ってるんですよ」とさらりと言う速水センター長。その言葉の意味が最後のクライマックスで明らかになる場面は実に壮快だ!チュッパチャップスの伏線も、そうくるだろうと分ってしまう流れだが実に見事、爽快で痛快! 

●「ジェネラル・ルージュの凱旋」とう題は分かりにくかったが、これも最後にその種明しがされると・・・実に憎い程の巧い話しで、心に響く!重いエピソードなのだが爽やかに心に感動を送ってくれる。希望としては本当に全てに正義を貫いたと胸を張って救急センターに”凱旋”しそれを迎える医師たちとの清々しい姿を見たかった。

●割りとラフな作りもあるし、医院の会議でのシーンなどは密室劇にも近い。それでも見ていてドキドキし、ワクワクする感じは確かだ。

●逆にちょっと気になったのは、映画冒頭からの救急医療センターの雰囲気。なにかのっぺりとしており、緊急医療の現場という緊迫感がまるで感じられない。前半部分の救急センターで働く医師、看護士などからひしひしとした緊張感、緊迫感、切迫感、そういうものがまるで滲み出ていない。ベッドの並ぶ広い部屋でさも演技をしているかのようである。映画を見始めてこの部分には「なんだろうこの演出の熱のなさは」と思った。しかし、高速道路とショッピングセンターでの大事故が起きてからの展開では、あたかもあのニュース映像で見たサリン事件での聖路加病院のシーンを再現させているかのようなシーンではるのだが、ここでは緊迫感が画面に出てきていた。

●だが、ここでも少し気になる所があった。沢山の重軽傷者が病院に運ばれてくる。初診で怪我の度合いにより色分けされたカードをぶら下げてゆくシーン。ブラックのカードは手当てをしてももう助からないだろうという判断。まだ息のある夫をどの医者も診てくれようとはしない。「なんで誰も主人を診てくれないのですか」と妻は叫ぶ。その主人にはブラックのカードが付けられている。そして医者は、助かるものを一人でも助けるため、助けられる見込みのない人を診療する為に時間を割けない嫁げる。妻はまだ生きている夫を思い絶望し泣き崩れる。こんなヘビーな話しをすらっと流すように挿入していいのだろうかと感じた。あれもこれも詰め込み過ぎては話しが散漫になる。緊急医療の実態とそこにいる患者、医師の厳しさをも表現したかったのだろうが、この挿話は相当に重く、厳しい。そんな話しをさらりと流すようにストーリーに入れていることには違和感、拒否感を覚えた。この部分だけはこの映画を観ていてのマイナス、そして失望した点でもある。

●前作「チーム・バチスタの栄光」は20億超の大ヒットであったが、内容の酷さから中村監督は評価をかなり落としたと思う。それはきっと雇われ監督としての立場しかなく、脚本に手を加えられなかったことが原因であろうと2008/2/17のブログに書いた。今回はキチンと脚本から監督自身が関わり、そのお陰もあってこれだけ巧くまとまった作品となったのだ。興行収入が良いからと言っても「チーム・バチスタの栄光」は正直言ってどうしょうもない愚作である。「ジェネラル・ルージュの凱旋」は続編となってはいるが、まったく別物といえるほどのレベルの高さ。マインドの高さであり「チーム・バチスタの栄光」の酷さとは切り離してもらいたい気分だ。

●原作小説を映画にするために、中村義洋斉藤ひろしの二人は脚本を練り上げて行きながら、医療の現場の大きな問題をまざまざと知った。その現実に怒り、憤り、憤慨し、心に熱い思いを篭らせていった。そしてきっと、この作品が殺人犯を追いかけるサスペンスであるよりも、今の日本の医療の問題を多くの人に知らしめることができるもっと社会的な意義をもちうる作品になるのではないか?そう考えるようになった。そして作り上げられた映画のストーリーは、お笑いやサスペンスの要素ももちろん有りながらも、その底には今の日本の医療という大切極まりないものの腐敗、崩壊に対する鋭く、強烈な批判、アンチメッセージを重く内在させるものとなった。

●前作に似た、ただのお笑いエンターテイメントの軽いサスペンス作品と思っていたこの映画は、驚いたことにとんでもない強烈な日本社会の歪みへのメッセージ性を腹の中に宿して映画として産み落とされることとなったのだ。

●気軽な気持ち、半端な気持ちで軽く観に行ったのだが、想像とはまるで異なり、脚本家、監督、スタッフらの映画作りという作業を越えた熱い思いがチリチリ映像の裏で燃え上がっているように感じた。そういった熱い思いが詰め込まれた作品というのは最近では滅多に無い。ストーリーの裏にスタッフの熱い心ががっしりと息をひそめて雌伏している。そんな一作であろう。竹内結子のユニホーム姿やらなんやら・・・美形だな。


2011/10/10 再見
久しぶりに観ると、一時間半辺りまでははなんだかたるい感じだったが、やはり高速事故が起きてからの部分は白熱しているし、こっちまで体に力が入って熱くなってくる。この救急医療のシーンは素晴らしい熱気がこもった名シーンだと再認識。

映画/『ジェネラル・ルージュの凱旋中村義洋監督が語る“切り札”堺雅人のスゴイところ!
http://www.cinemacafe.net/news/cgi/interview/2009/03/5671/
ジェネラル・ルージュの凱旋竹内結子 単独インタビュー
http://www.cinematoday.jp/page/A0002095
ジェネラル・ルージュの凱旋」原作者 海堂尊氏インタビュー
http://doraku.asahi.com/entertainment/movie/special/090305.html