『誰も守ってくれない』

●厳しい映画であった。見ていて胸が苦しくなる、口からから手を突っ込まれ内臓を引きずり出されるかのような苦しみを感じ嗚咽してしまいそうなほどであった。腸が煮えくり返るような怒りに震えるシーンもあった。映画のシーンが現実にも充分自分達の周りで起こりえる、いや、起こっているとわかるから怒りで、苦しみで、悲しみで、観るのが辛くなり目を背けたくなるような映画でもあった。だが、目を背けてはいけないと、ギリギリと歯軋りするほどに歯を食いしばり耐えて観た。辛い映画である。こういう映画はきつくて辛い。だがこの映画が伝えるメッセージは無視をしてはいけない、真正面から受け止めなければいけない。そういった痛みと苦しみに耐えて観なければいけない作品である。

●正直言って、こういう映画は本当はあまり観たくはない。もう一度観るかと言われても、暫くはお断りしたいくらいの気持ちだ。自分に向かって飛んでくる矢を全部体で受け止めなければいけないような映画だからだ。そしてずしりと重いものを心に抱えなければならない映画だからだ。だが、それは辛くても苦しくても受け止める。この映画を作った人への敬意として。

●物語は殺人犯の妹である沙織が中心となって進む。そこに彼女を守る勝浦が絡む。この二人が殆ど話の全てであるから、実際に殺人を犯した兄のこと、殺された姉妹の両親のこと、殺人犯の両親のことなどはさらりとしか語られておらず、深堀はされていない。だから観ていて「じゃあ、殺された側のことは?殺した兄のことはどうなるのだ・・・」とこの話に付随する色々なことが頭に浮かんできて、これでは物事をある面からしか描いていないではないかという不満も募る。しかし、2時間の映画の枠のなかでこの事件とそこに巻き込まれた家族一人一人のことを全て描こうとしたら、きっと散漫なまとまりのない話になっていただろう。(物凄く巧みな脚本家ならば出来たかも?と思ったりもするが。)

●だから、この映画は殺人犯の妹とそれを守る刑事、そして現代ネット社会に巣くう反吐が出そうな奴等、そういった部分にフォーカスを絞って描いていて正解だったのだろう。特に監督が描きたかったのは「匿名の闇の中から見知らぬ他人を攻撃する奴等、己の心の闇をネットのなかで正当化し、それを誰にもばれないからとネットの仮面を被って他人の誹謗中傷に転化している奴等」なのだろうから。

●観ていてグサッ、グサッっと心臓にナイフを差し込まれるかのような厳しさがこの映画にはある。現代社会の恥部であり陰惨な部分をさも平気で行使する連中の姿は多分に強調された描き方だとは言え、じっと座っていられないほど胸糞が悪くなり怒りがこみ上げてくる。そんな人間社会の闇の中で、子供が麻薬中毒患者に殺された後、ペンションを二人で営む本庄夫妻の姿が少なからぬ救いともなる。「俺たちは絶対に負けないって誓ったんだ、だって何も悪いことをしていないんだから・・」夫の言葉に涙が零れそうになった。

志田未来の年齢に見合わぬ演技は本当に巧い。「椿山課長の三日間」の時もそうだが、目の力だけでも強烈な演技をしている。佐藤浩一はNHKドラマ「クライマーズ・ハイ」の悠木の時と殆ど同じような演技であったが、崩壊しそうな家族を持ちつつもなんとか耐えている刑事役がはまっていた。ひねくれた刑事の松田龍平は現実的ではないが映画に味を出している。佐々木蔵之介津田寛治佐野史郎などの曲者役者の良さは残念ながら生かされてはいなかった。木村佳乃は精神科のセラピストということだが、この美人がスカートの奥が見えそうな感じで足を組み直していて、ラブストーリーにもキスシーンもベッドシーンもないのでは浮き過ぎである。

●脇役ではやはり本庄夫妻を演じた柳葉敏郎石田ゆり子が素晴らしく良かった。柳葉の朴訥な姿はより一層悲しさを感じさせた。

●観ていて本当に苦しくもなり怒りも出て、辛い映画なのだが、ほぼ2時間完全に映画の中に引き込まれた。辛い作品だが、観るべき一作である。