『禅 ZEN』

●「春は花 夏ほととぎす 秋は月 冬雪さえてすずしかりけり」なんと和と日本をあらわし、あまりに当たり前の言葉の中に日本の自然の美しさ、深さ、情緒を感じさせる句であろう。この映画を見て、初めてこの句の美しさと余情を知ることが出来た。

●なぜ今”禅”の映画を?そんな疑問が最初に浮かんだ。金勘定優先で作られるような昨今の邦画の中にあって、禅というテーマは動員を稼ぐだとか大ヒットを目指すだとかそういった類のものではない。それを角川が作るとは。意地の悪い言い方をすれば「どういった風の吹き回し」というようなものでもある。年末年始から続く薄っぺらな作品だらけの邦画業界。そんな直ぐに消えて忘れ去られるような邦画の作品群の中でこの禅は際立って異色である。

●拝金主義が大手を振っている映画業界で、大きな製作費を掛けてこういった作品を作ったことに賛辞を送りたい。見終わって心が洗われるような良い作品であった。

●天下人となっても亡霊に悩まされる北条時頼道元が伝えた句「春は花 夏ほととぎす 秋は月 冬雪さえてすずしかりけり」。北条時頼は「それはあたりまえのことではないか」と道元に尖った言葉を返す。しかし道元は「そのあたりまえ、自然のなすがままあるがままが大切なのだ」と言う。この句の持つ意味がこの映画を見て初めて理解できた。心に染みた。誰でも知っているような有名な句であるのに、自分自身もあまりに当たり前すぎる言葉に、これまで深い意味を感じてはいなかった。そのあたりまえ、あるがままこそが大切であり、真理なのだという道元の教え。このなんでもない言葉の持つ意味、それを若い頃には理解できなかった。今にして、この映画を見てなんと深く聡明な句なのかと驚く。己の無知を悟り、良き言葉を一つ得た喜びが心に沸いた。

道元役として中村勘太郎[2代目] のキャスティングは素晴らしい。真摯な生き方を貫いた道元を見事に演じている。やはりこういった格までも感じさる役となると歌舞伎の世界で鍛え上げられた人物は際立つ。ありふれた俳優ではこれだけの役を演じることは出来まい。いや、役に人が負けてしまうであろう。

道元に師事する僧も実に見事な配役で感服。一人一人が修行僧然とした顔立ちと雰囲気を備えている。

●音楽も非常に良い。絵に、作品に合ったゆるやかで包み込まれるような、それでいて壮大さも感じさせる旋律。心を落ち着かせるようないい映画音楽だ。

内田有紀に冠しては唯一観る前に気がかりで、どうなのだろうかと思っていた。質実な作品内容に比して内田有紀では役者として派手過ぎる。しかしなかなか肝の据わった演技をし、作品のバランスを崩すことは無かった。それでも作品の色からすると内田有紀はやはり浮く。もっと地味な女優を配したほうがよかったのではと思うのだが、そうなるとおりんの悲惨さが強く際立ってしまうかもしれない。逆におりんの生きてきた境遇の悲惨さを顔にも雰囲気にも感じさせない女優だったから、おりんに絡む話も重くならずに見ることが出来たのかもしれない。これはどちらがいいとも言い難いが。

●遊女として体を売って、子供が死んだというのに小屋で無表情に犯されるシーンを演じるなど、内田有紀としてはこれまでのイメージを捨てて頑張っている。内田有紀は今後小泉今日子的に邦画の中で重用される女優となっていくだろう。演技はどんどんと良くなっている。

●僧侶側のベストなキャスティングに反して、哀川翔藤原竜也などの起用は浮いた感が無きにしも非ず。おりんに関する話も無くても良しと言えなくもない。だが、全体としては良くまとまり、2時間を越える尺でありながらもじっと唇を閉じ、噛み締めるが如くじっと映画に見入ることが出来た。

●自然描写の美しさもこの映画の良さ。こういった広がりのある日本の風景の美しさは心に染みる。この映画、出来ることならスコープで撮影すればと残念に思う。中国の風景も日本の風景もやはりこれだけ広大な美しさを表現するならばスコープであったであろう。絵が美しいだけに今回はビスタの狭さが窮屈にかんじた。

●段々の田に映る月、道元が越前に帰るときの桜の花びらが舞う道、そういった美しいシーンが幾多とあるが、もう少し彩度が欲しい。劇場の設備、スクリーンや機材による部分も多いであろうが、ハッとするような鮮やかさ、目に飛び込むような色彩の輝きがもっとあればさらに美しい映像となっていただろう。そこが少し残念だ。

穿った見方ををすれば、ある一つの宗教団体の宣伝映画と言える映画なのだが、道元という実直に真摯に生きた一人の人物を描いたこの作品は、観ていてそういったことは感じさせず、一人の人物の生き様に打たれ感服し、心を洗われるが如く清々しい気持ちを観た後に残してくれた。

●観終わって直ぐに、もう一度見てもいいと思えた作品。そんな風に思えるのも久しぶりである。2009年今年最初の良作である。
[:W150][:W150]
[:W150][:W150]