『どら平太』(2000)

●「四騎の会」(1969年 市川崑黒澤明木下惠介小林正樹)共同脚本。原作:山本周五郎町奉行日記」市川監督 2000年公開

黒澤明が絡んだ遺作としては「雨あがる」(1999) 小泉堯史監督、「海は見ていた」(2002) 熊井啓監督の2作品が直ぐに頭に浮かぶのがこの「どら平太」、何故かは印象が薄い。もう大夫前の話だが、作品PRも目立たなかった気がする。

●2000年当時の日活が、倒産の危機をなんとか耐え忍びナムコに買収された直後の時期というのもあるのだろう。日活の社長を兼任した中村雅哉の肝入りで製作されたのではないかと思うのだが、「黒澤明が残した脚本を映画化!」というような大見出しではなく、淡々とした公開だったように記憶している。日活社内のゴタゴタが作品の公開や宣伝にも悪しき影を落としていた時期なのではと推察するが。

●脚本は実に良く煮詰められている。諧謔、ウイットに富んだ部分も多く、感心もするのだが・・・・何か面白みが足りない。まるで公式通りというか、幾何学的、パズルを組み立てるが如く余りにきっちりと話が展開しすぎる。四騎の会の4人が物語に不整合、破綻がなく、完璧に筋の通った脚本を考えに考えて作り上げていったのだろう。つっこみどころも無く、スキもない脚本だ。だがそれが却って話に面白みを無くしてしまった。このストーリー、映画は完璧に鎧で自らを固めているかの様なのである。どこからもつっこまれない、がっしりと四方八方を見渡し万全の守りを固めている、そんな映画なのだ。

●だから、わくわくしない、ときめきが湧いてこない。

●余りに完璧に作り上げ過ぎた脚本が面白さを欠如させるという例なのだろうか。というか繰り返しになるがこの脚本、ストーリーは非常に幾何学的であり、機械的なのだ。何か流れる血、汗、そういった熱いものが感じられないのだ。熱くなくてもいい、もう少しぬくもりといったものでも良い、そういったものがあれば映画は変わったのではないかと思う。

●文句なんて絶対に言わせないというような感じで、完璧に守りを固めたこの脚本は、思い切った展開もなく、何か全てに於て中庸である。黒澤監督はしばし「中庸とは平凡なことだよ」と語っていたということだが、この映画はまさにその典型となっているかのようだ。

片岡鶴太郎が演じる安川半蔵役は非常に巧いと思った。片岡鶴太郎ってこんなに味のある演技をするのだと感心。

うじきつよしと宇崎龍童はイマイチか。役者を本職とはしていない名の知られた芸能人を使うのは話題作り、客引きとしてのキャスティングとして常套手段だが、片岡鶴太郎は良しとしてこの二人は少し浮いている。役者以外の芸能人を使うのもきっちり考え、程々にせねばと思う次第。

●この当時日活の社長を兼任していた中村雅哉は再び黒澤監督の遺作の映画化ということで「海は見ていた」の製作に関わるのだが、正直、彼の関わった「海は見ていた」も今一つであった。黒澤明没後の映画化作品としては「雨あがる」が白眉。そういえば小泉堯史監督は「雨あがる」は見ていないと言っていた・・・・。なにをか況んやであろう。

●2008年は黒澤明没後10年の年だった。テレビで特別番組が企画されたり、講演会、上映会が行われたりしたりもしていたが、大きな動きはなかった。AK100projekit(http://akirakurosawa100.com/)で2010年に何か大きなことがあるか? 黒澤監督が撮影した「トラトラトラ」の幻のフィルムが公開されるとか・・・あと1年とちょっとだが何かを期待したい。