『バベル』

●第79回アカデミー賞で、菊池凛子助演女優賞にノミネートされたことにより、作品も一躍話題になり、菊池凛子も時の人的扱いまで受けたが、そのお陰で劇場は当初の予想よりも相当に人が入ったことだろう。だが、やっぱりという形で菊池凛子の受賞はなく、その後の話題は菊池が足を広げて股間の奥の陰毛を見せるシーンだとか、フルヌードのシーンだとか、なんだかそういう部分に移っていった。映画本来の魅力だとかではなく、他の部分で話題になる、話題を作っているような作品というのは敬遠する。映画を当てようとする宣伝の胡散臭さが鼻に付くからだ。

●”バベル”という言葉で直ぐに思い浮かぶはやはり横山光輝のマンガ、バビル二世か。TVアニメの主題歌で”バべルの塔に住んでいる、超能力少年”という歌詞を覚えている。子供の頃は別にバベルという意味も、バベルの塔というのがなんなのかも分らなかったし、知ろうともしなかったけれど、今改めて調べてみると旧約聖書の中では重要な話しの一つだったのだね。クリスチャンでもないし、聖書を熟読してるわけでもないから、へぇそうなの、という感じでしかないが、ま、相変わらず知らないことだらけである。

●同時進行の複数のストーリーが、話しが進むにつれて絡み合い、最後にはなんらかの結果に帰着するというのは、良く使われる手法。最初は目新しく、驚きの表現手法であったが、最近はあちこちで良く使われすぎているから、この手法はもう手垢が付いたやり方になってしまっている。またこれか!と見ていて思ってしまうのであう。

●この「バベル」に至っては、辛み合った複数のストーリーが最後に結実していない。辛み合っているというだけである。国も立場も違う人間が、異なった場所で行った行為が互いに因果関係を作りだしている・・・・というのであるが、果の部分が放りだされている。これとこれは、こういうふうに裏で辛み合っていたのだよ、そこまでである。だから最後まで観てもこれまた、ふーんそうなの、で、それだけか。と思うだけなのである。

●ドキュメンタリータッチの映像とストーリー展開は観ていて飽きないし、面白くもあるのだが、ただ観てそれでオシマイという感じである。何かの問いを観る者に投げ掛けるにしてもこれでは話しとして弱い。

●モロッコでのブラッと・ピットとケイト・ブランシェット夫婦の様子は、今のアメリカをシニカルに批判している。特に妻が撃たれてからの夫であるブラット・ピットのアメリカ人としてのモロッコ人に対する振る舞いと態度は、おまえはアメリカ人というだけで何様のつもりなのだ? アメリカ人というだけで、他人の国にいるのになんでそんな横柄で尊大な態度をしているんだ? おかしくないか? という監督、いやアメリカ以外の国の人間のアメリカ人とアメリカを見る目を代弁させているかのようだ。

●こういうオムニバス同時進行のストーリーで必ず出てくる、本当にどうしょうもない人間。おまえはなんでそうやって自分で自分の首をしめてどんどん自分と自分の周りの人をどうしょうもない状況に貶めていくんだ!とぶん殴りたくなるような人間。それもパターン化していて、この映画で言えばメキシコ不法労働者アメリアの甥のサンチャゴだとかは、映画なんだけれど見ていて腹立たしくムカついてくる。こういう役というか演出は最近特に嫌いである。「影日向に咲く」の岡田の役も同じようなパターンであった。モロッコで観光バスをライフルで撃ち、警察から追われる原因を作った兄弟の弟の方も、それをやったらもっとダメになるだろうということをどんどんやってしまう。こういう話しも大嫌いである。

菊池凛子は確かに存在感のある役を演じている。20代半ばの菊池が日本の女子高生役を演じるのは、ちょっと老けすぎて無理があるんじゃないの?と思っていたがギリギリなんとかなっている感じか。まあ、違和感は残るが。

●それにしても外国人の監督が日本を撮ると、何故こうまでも日本の風景が、中国や東南アジアの国と同じぼんやりとして生ぬるい感じの映像になるのだろう? 日本人が撮る映像とは明らかに異なる。空気感までが日本人が撮影した場合とその他の国の人が撮影した場合では違うものになっている。日本人は日本を西洋的、他のアジアとは別という感覚の目で捉えるが、他の国の人間は日本も中国も香港もマレーシアもみんな同じアジアの国というように捉えているからだろうか。

●どうも菊池凛は、大して必然性もないのに股間を広げたり、裸になったりするシーンが多い。この監督は映画の演出というよりもエロ嗜好でこういうシーンを入れているような気がする。話しの流れの中で必然性がこれっぽっちも感じられない。

●数々の映画賞などを受賞しているようではあるが、それほどの作品だろうか?見ていて面白くはあるのだが、最後に糸が結ばれていない。ほどけたままでバラバラで終わってしまっている。中途半端、未完成のままの映画だ。