『ハリヨの夏』

●映画、文学、音楽・・・芸術、アートという分野では欠くことのできないテーマが誰しもが持っている”あの夏”であろう。青春という時期、さまざまなものに感化され、考え、悩み、だけど、天真爛漫に飛び跳ね、なんでもやりたいことは出来るんだと思えた夏。ギラギラと太陽は光り、水は照り返し、緑は輝き、周り中のものがすべて生を謳歌し、生を弾き出しているようなあの夏。そして一生の想い出に残るような”あの夏”は誰にでもある。

●この映画が描いているのは弾け飛ぶ若さの躍動の夏ではない。悩み、迷い、若さの躍動を持て余し、手綱を捌くこともできず、迷路にはまりこんでいくやるせない夏。楽しくて生き生きとして忘れられない”あの夏”もあるだろうが”暗く落ち込み、もう全てを止めてしまいたい。終わらせてしまいたい。そういう”あの夏”もあるのだろう。

●この映画は後者に当たる。だが、なんだかその苦しみがヒシと伝わってこない。ジワッと滲み出てこない。酷い言い方をすれば、この映画の主人公である瑞穂(於保佐代子)は物事を知らず、自分勝手な解釈で行動し、結局自分の首をしめているバカな女の典型という感じなのである。確かにこういう女というのも居たなとは思うのだけれど。

●思春期の女の子の揺れ動く心だとか、微妙な感情の振幅、そして馬鹿なことをしても徐々に成長していく姿を描きたかったのかもしれないが、なんだから良くある話しの輪郭をなぞっているだけという感じで、少女の切実な思いだとかが伝わってこない。新人の於保佐代子の演技がイマイチなせいもある。新人俳優なんていうのはまだ演技力なんていうものがあるわけじゃないんだから、変に演技させるよりも地の部分で良いものを引きだしてやったほうがいい。だが、この作品での於保佐代子は自分でも頭の中で理解出来ていない演技を無理にしているとう感じだ。だから余計に”演技”を”やっている”感が漂う。内面から湧きだしてくるような感情が表情にも、仕草にも、セリフにも乗っかっていない。彼女の演技もまたしごく表面的で薄っぺらく感じ、少女の心の揺れなんてものが、波動として伝わってこないのだ。

●夏の河原で水を掛け合うシーン、母親の知り合いとセックスをしてしまうに至る流れ、子供を産むと決意する流れ、出産のシーン、なんだかどれも「なんかこれってお芝居だよなぁ」と思えてしまう白々しさ、軽薄さがある。ありきたりなシーン、ストーリーをさらっと撮っても、話しに深みは生まれない、共感も出来ない。

●ハリヨというトゲウオの仲間の魚をストーリーの中に組み込んでいるが、その魚の生態を人間社会の親子関係などの比喩として対比させたかったのだろうが、このハリヨの話しは殆どあってもなくてもいいのでないか? 人間の側のストーリーをハリヨに象徴させるほどの事でもない。タイトルにまでなっているのだけれど。

●瑞穂が母親よりも信頼をしているという別居中の父(柄本明)だが、なんか柄本明のキャスティングは外しているんじゃないの?こんな若い娘が慕う父親って、もう少し若くて、ちょっとはカッコ良くて、友達にも自慢できる恋人みたいな父親じゃないのかね? 柄本明はどちらかと言えば、お父さんのパンツを洗濯機で一緒に洗わないで。親爺臭いから近寄らないで・・・なんて言われるタイプの父親である。母親役の風吹ジュンも全然母親っぽくないし。好き勝手やってる親という感じも大してない。なんだか良く分らないが、店の客を家に招いて瑞穂の誕生会を開いてるというのも、それが奔放な母親の表現なのだろうか? 特に意味不明なのは瑞穂とセックスをし、瑞穂を孕ませてしまうアメリカ人の教師。瑞穂の母親と知り合いになり、瑞穂や妹をバイクに乗せてやったりして面倒をみるわけだが、そこまでの流れに下心とか悪意なんてものは何も滲ませていない。それが夏休みの旅行であっさり母親の娘に手をだしてしまう? それまでの良心的なこのアメリカ人を見ていたら、瑞穂を窘めるのが筋だろうにね。なんだか変すぎない?この話しの流れは。アメリカ人が嫌い、足は銃で撃たれたとかいうエピソードも良く分らないものの一つ。だからどうしたの?と思ってしまう。

●娘が妊娠したと知るや急にアメリカ人のもとに駆けつけて「子供は産むけど、もうアナタは私たちの目の前に現れないで」と叫ぶ母。んーなんか白々しい。この母親に限らず全部の登場人物が・・・・・。

中村真夕という新人監督の第1作目の作品であるが、残念ながらこの作品には煌めきも輝きも、棘も感じられなかった。何かを表現しようとしたのであろうし、何かを伝えようとしたのであろうが、脚本、演出、撮影まで含む映画としての出来が未熟すぎ、何も伝わってこないとしか言いようが無い作品であった。

●「サイドカーに犬」でなかなかの演技をしていた松本花奈が出演している作品ということで観てみた。この作品の中ではホントの端役の子役という所で、セリフも演技も殆どなしだから役者としては目立っていなかった。

●邦画のDVDなどを見ると、冒頭のDVD発売予告等の映像で、で沢山の邦画が紹介されているが、殆ど聞いたことも無いような作品ばかりだ。出ている役者はそこそこ名の通った人を使い、キャスティングには金をかけているようだが、いつ劇場公開されたの? どこで宣伝してたの?と思うような作品ばかり。邦画バブルで製作本数は増えているであろうが、殆ど話題にもならず、そんな映画あったんだね、と言うような物が非常に多い。この「ハリヨの夏」にしても、似たような物であろう。たまたま偶然に自分も観ようという気持ちになったのであり、作品の事は100%知らなかったから。

●儲かっているのはやはりテレビ局と、俳優と、芸能プロダクションだけか? 本当の部分で映画に関わっている会社や人は、苦しいまま。それでも映画を作りたいという情熱で生きているのだろうけれど。