『出口のない海』 

●これほど頑張って、大宣伝してヒットさせようとしたのに・・・・・・大失敗作・・・・と言っておこう。

横山秀夫の小説は非常に好きである。重厚な言葉遣いは読んでいるだけで思わず奥歯に力が入り、段々とギーっと歯の噛みが強くなっていき、その言葉から吹きだされるイメージにのめり込み、ドスンと重たいものを心に残していくような小説である。

●小説「出口のない海」で描かれる戦争の、その時代に生きた若者の悔しさ、哀しさは、この日本という国が過去の戦争でいかに愚かで、非人道的なことをさも平気で行ってきたか、そこで犠牲になった人、その人生、夢、愛の哀しさを痛切に読むものに突き刺してくる。「出口のない海」は「クライマーズ・ハイ」に並んで自分は横山秀夫の小説中では五本の指にはいる作品と思っている。

●その傑作とも言える小説を実写映画化したわけであるが、小説の良さも、ストーリーの中の多くの重要なエピソードも、感動も、全くこの映画では表現されていない。

●兎にも角にも脚本が出鱈目で涙が出るほど酷い。ほんとうにあなた達は小説を何度も読んで、熟読して、そして脚本を書いたの?と聞いてみたくなるほどだ。その脚本を書いたあなたたちが、なんと山田洋次と冨川元文の二人。嘘だろう、山田洋次と言えばそんな野暮で下手くそな脚本を書くような人ではない。うーん、冨川元文に書かせてた脚本があまりにダメだったので途中からプロデューサーが山田洋次を共同脚本として加えたのではないか?でも温厚な山田洋次はいくら頼まれたと言っても、冨川元文に気を使って一旦出来上がっていた脚本に大きく手を加えることもせずちょいちょいと修正しただけにとどめ、共同脚本として名前を並ばせることだけを了承した・・・・・穿った味方だがそんな裏があるのではないか?そんな風に思えるほど脚本が酷い。原作小説をまるで生かしていない。小説のなかのトピックスをいくつか取上げてそれを繋げているだけという感じだ。

山田洋次にお出ましを願ったのだが・・・・それも徒労に終わったということではないだろうか?

●美奈子と並木の恋愛の話しは原作では非常に重要なポイントなのに、この映画では付け足し程度にしか話しが入っていない。美奈子役の上野樹里を画面に出すためにあてがったようなものだ。原作に有った並木と美奈子の強く慕いあう感情が出ていない。これではタダ単に好きな人もいたのですというだけではないか? せっかくの人気女優上野樹里を使ったのだが登場場面はほんの少しだ。これでは上野は観客動員の釣りエサにという感じである。予告編、TVCMでは市川、上野がメインに使われていたが・・・・これも宣伝屋のありきたりな手口。

●この小説が映画化されると聞いたとき「これは絶対観たい、どんなふうに映画化されるかな」と期待していたのだが、余りに映画の評判が悪すぎたので、自分が好きな横山秀夫の小説ということも有り、がっかりしたくないなという思いもあって、敢えて観ていなかった。

●人気があり、素晴らしい作品を世に送りだしている横山秀夫、その原作の映画化権を獲り、前回同じ原作者の映画化「半落ち」でヒットを掴んだ同じ監督佐々部清を使い「この原作とこの監督の組合わせなら絶対観るべきでしょう」というような煽りかたをし。脚本には山田洋次の名前まで連ね、出演者にも市川海老蔵上野樹里といった人気俳優を起用し、これなら間違いないでしょうと映画ファン、原作ファンに思い込ませ。出版元である講談社と「特別企画」なんて銘打って都内の電車の中吊り広告もしてたし、TVCMも結構イイ時間帯に流れていたし、金の掛かるプロモーションをしていたが、その殆どは・・・・出来の悪い作品をなんとか誤魔化したいという目的から派生していたものだろう。

●映画自体も回天の再現やそこそこのロケ、有名俳優の起用などとても製作費がかかっているであろう。だが、どんなに頑張ってプロモーションをしても、どんなに頑張ってまだ見ていない人の気持ちを引きつけようとしても、映画は口コミの影響が非常に大きく興行に左右する。これだけ豪華な製作陣、原作、キャスト、スタッフ、プロモーションを行っても・・・・・・ダメなものはやはりダメである。

横山秀夫のファンであり、原作を読んで感動した一人としては、この映画は小説「出口のない海」をまったく咀嚼せず、上っ面のストーリーだけを継ぎはぎして作った酷い映画だと思う。

人間魚雷回天の悲劇、戦争の悲劇、そこで押し潰された青春、夢、恋、命、家族・・・・・この映画のプロデューサーや監督、脚本家にはもう一度小説を精読してもらい、自分たちの作った映画の酷さを心に擦り込んで欲しいと思うほどだ。

●この映画でがっかりしたら、小説を読むべきだ。そしてこの映画は忘れてしまうべきかも。


2010年3月10日 観賞後に怒り心頭でキーボードを打ってたせいか、名字は同じだけど名前を洋次、太一で間違っていた。コメントで指摘を頂き修正。2年以上気がつかなかったとは・・・・爆 ◎ご指摘に感謝します。