『デジャブ』

●デジャブという題名と予告編の内容からすると、どうもスピリッチュアルな作品ではないかと想像していた。何かの事故で過去が、未来が見えるようになった人物の物語とかね。しかしまあ、内容は全く予想外の全然精神とか霊とかそうゆう物とは無関係の実に物理的、科学的なちょっと突拍子もないお話であった。

トニー・スコットは嫌いな監督ではない。「スパイ・ゲーム」のウイットに富んだ展開とラストのカッコ良さはこの監督ならではのもの。しかし「ドミノ」のようにどうしょうもない作品も生みだす。まあ全てにおいて合格なんて監督もいるわけないし、そういう監督はつまらなくもあるわけで、例外で言えば唯一人、スタンリー・キューブリックだろう、すべからくクオリティーの高い作品だけを取り続けたのは。

●話しが途中からドーンと飛躍して、全世界の事象をすべて記録しているシステムが有り、そのシステムが世界で起きていることを編集するのにウン時間かかり、だからその映像は過去に実際に侵攻している映像なのだ、うんちゃらかんちゃら・・・・・しかもそのシステムは人間生活のありとあらゆる場面を記録していて、どんな角度からどんなすき間までも任意のアングルで見ることが出来ると・・・・なーんじゃそら。幾らどう考えてもそんなこと無理に決まってるやんけ。科学が進歩して出来た恐ろしいまでのシステムということだが、恐ろしいまでに非現実的でそれは無理でしょ。特にありとあらゆる角度から任意のアングルで事象を見ることが出来るなんて・・・・・まあ、このシーンになったときに「ナンジャこの映画は」と思ったわけで、これはタイムトラベルものかよっ!と思ってしまったわけである。

●実際に人間や物質を電子かなんかの状態にして過去に送り込むという話しなんか形は違えどタイムトラベルものその物である。

●まあ、そういう映画のなかとはいえ、あまりに非現実過ぎる妄想とも思える状況設定に一度は引いてしまったが、まあそれをお話しとして受入れてしまうと、話しは複雑に入り組ませていつつも一つの結論に向かって収束していく巧みな演出がなされているし、最後はどうなるのかというワクワク感も出てきた。タイムトラベル、タイムマシンものに必須のパラドックスの考え方はちょっと甘いかな? 最終的に過去に戻った現在の主人公が過去で死んでしまったら現在の主人公も存在しなくなるわけで、まあ、別理論では時間の流れは何万本と並行して走っていて、そのどれもが同じ人物の持つ現実であり真実なのだという易々方をすればラストもまあなんとか納得はいく。

●とゴタゴタ書いても仕方ない。この映画は思った以上の掘り出し物であった。設定のあまりに非現実的ですっとんきょうな所はあるが、流石トニー・スコット監督!一級のサスペンスに仕上げているなぁ。よくあるパターンの映画に思えていてなかなか凝っていてこういう設定を作りだす脚本家は凄いなと思ってしまう。

●予告編は妙に霊的なもの、デジャブというこれまでの概念的なものをそのままに感じさせる作りであったが実際の中身がこうとは・・・これはデジャブという言葉を使っているがデジャブではないわけである。「劇中のラストの一つのセリフはデジャブをイメージさせるが」

●ということで、見て得した感のある洋画。これはオススメでいいだろう。DVDでたらもう一回見ておきたいなとも思う。