『ブーリン家の姉妹』

●イギリス史、英国国教会史などの事前知識が無いとなかなかこの複雑な人間関係、宗教上の対立関係などを映画を観ただけで理解するのは難しいと思う。しかい内容の重さ、難しさの割りにロングラン上映が続いている点に興味があった。

●これもいわゆる銀座、有楽町系。シャンテシネで仕事帰りに映画を鑑賞するOL層を集めそこから口コミで評判が広まっていったパターンか?

●タイトルそのものが姉妹となって女性を描いているものと分かるし、トップクラスの人気女優二人が競演しているということも女性の注目を集めたのであろう。

●同じくイギリス王朝、エリザベスを取り上げた「エリザベス」「エリザベス・ゴールデン・エイジ」に比較すると豪華さや予算の大きさというところではやはり作りに差があるが、それでも重厚な絵、衣装、当時の風習などは実に見応えがあり、2時間の間画面に見入った。

●監督のジャスティン・チャドウイックはまだ若く、この作品が監督としては二作目。それにしては見事にがっしりと話をまとめたものである。

●イギリスがカトリック、ローマから離脱し、独自に英国国教会を作ったのはヘンリー8世の好色、下半身の欲望の結末を正当化するのが実は根本的な理由だったと言えるのだが、この映画はそういった部分も含ませつつ、王に絡んだ貴族一家の策略、それに利用され、利用した女の生き方をリアルに描いている。

●ヘンリー8世は王という立場、世継ぎの男が欲しいという理由で次々に新しい女性と関係を持つ。そしてそれに乗じて一族の復興を果たそうとするブーリン家の人々。これは日本の皇室、幕府、殿様とそこに渦巻く大奥やら藩の歴史とまったく瓜二つ。所変わっても、民族も国家も変わっても、人間のすることはどこでも同じなのだな。こういった王室や貴族といった歴史がないアメリカなどでは、日本も含めて絶対権威として君臨する存在があることが不思議で、またそういった拠り所となるものが羨ましくもあるのだろう。

●これは王を巡り、権力側の座に着きたいと策謀する一家の物語なのだが、その為に自分の娘を道具のように利用し、娘の体を王に差し出すというのがまた凄い。完全に女とその体は権力を得るための道具であったわけだ。結婚していた夫とも引き裂かれ、姉妹も憎しみを抱き、男の子供を生むためには自分の弟との性交までしてでも子種を体に産み付けたいとする行為は、凄まじいという他ない。

●きっと16世紀当時は本当にこういった状況であったのだろう。ブーリン家の人々の凄まじさに驚くとともに感服する。

ナタリー・ポートマンは今までの芸暦の中で最も良い演技をしていたのではなかろうか。壮絶なまでの生き方をするアンを激しいまでに演じている。レオンの小娘とスター・ウォーズの女王がここまで来たかと思わせるほどの激情的な演技だ。(少しクサさは残るが)

スカーレット・ヨハンソンは顔つきがなんだかポカーンとしていてちょっとおバカっぽいのであるが、姉に比して純粋さを持つ妹の役としてはぴったりである。しかしスカーレット・ヨハンソンもちょっと前のアメリカでは好まれるような女性のタイプではなかった。アメリカ人の女性に対する嗜好の変化がこんなところにも感じられる。

●イギリス国王としての威厳、カッコ良さを出し、次から次へと女性に手をだす王という設定で、ヘンリー8世役に美男のエリック・バナを配したのは映画として正しいし、このくらいのカッコ良さがないと話が嘘っぽくなる。しかし本当のヘンリー8世はもっとぶよぶよのただの好色ジジイといったイメージである。

●重厚なイギリス史を扱った映画として非常に見応えもあり、ストーリーも役者の演技も堪能できた。

●この映画、王室に絡んだ貴族の姉妹の話として女性の観客が多いようだが、実際に鑑賞した後、女性として映画をどう思うのだろう? 中世の時代の話とはいえ、男性優位、女性は自分の気持ちを捨てても、自分の体を道具にして王に自分を貢ぎ、子供を宿そうとする。その果てには狂気にまで近づいてゆく。そういった生き方をしなければいけなかった時代の女性を見て共感するとは思えない。悲哀、慰みを感じるというのではないだろうし。

●だが、行き着く先としてイギリスはエリザベス1世という女王を国家の最高君主として選んだ訳なのだから、そこに辿り着く女性の物語として、女性はなんらかの共感を得るのだろうか?

ケイト・ブランシェットの演じたエリザベス1世は余りに強すぎたし、非常に男性的であったのだが、そのエリザベス1世が誕生するまでの歴史を描いた「ブーリン家の姉妹」は女性の悲劇、狂気に走りながらも生き、そして死んでいった姿を描いている。そこが女性には受けているのだろうか?

●「結局あの王様がヤリまくってただけじゃない」劇場の外で映画を観終えて出てきた二人の女性がそう話していた。まさにその通りなのである。この映画の観客に女性が多いというのは、作風からしてそうだろうなと分かるのだが、内容は・・・女性には観ていて腹立たしさを感じるものなのではないだろうか?