撮影 長田勇市

●夏の海のあのギラギラした水の輝き、透明な空気の中にまでムッとした暑さを感じる太陽の光、あの暑さをフィルムや写真に写しとることは極めて難しい。

●海辺に暮らし、事あるごとに海に出て夏の光と水と太陽の作りだす特別な調合のフィーリングを感じていると、なんとなく分かることがある。その光が本当に夏のものなのか、そうでないかということが・・・・。

●映画「ビッグウェンズデー」で主人公であるウイリアム・カットが一人ボードに乗って海に漕ぎ出ていくシーンがある。カメラはほぼ水面に位置して沖へと水を掻き進んでいくウイリアム・カットを追いかけながら撮影をしている。
サーフボードにまたがったウイリアム・カットはその手を海面に差し入れ、スローモーションのように海面を前から後ろへ掻く。その瞬間、バシャッと音をたてて水面に飛沫を躍り、光が水の粒の一つ一つのをキラキラと輝かせる。
このシーンを見ていると「ああ、これはホントの夏の光だな。夏の光のなかで、夏の空気と日差しのなかで撮影し、夏を見事にフィルムに焼き付けているなぁ」って思う。

●映画「波の数だけ抱きしめて」は夏の湘南を舞台にしたちょっとお気に入りの作品だ。でもこの映画に最大の不満がある。映画の中のどのシーンにも、夏の光が感じられないのだ。

●カメラマンはよく日本で撮影するとやはり空気の湿っぽさで日本的な絵が必然的に撮れてしまうという。カリフォルニアで撮影すると、空気が乾いていてやはり写真にはアメリカのカサっとした感じが良く出るという。

●きっとそれは本当の事だと思う。

●そして「波の数だけ抱きしめて」にはあの夏の蒸し暑さや、日差しの眩しさや、刺すような太陽の強さがまるで絵に出ていないのだ。
たぶんだけれど、この映画は夏が始まる前のさほど暑くない、天気だけが良い日を使い、千葉や房総の海岸で多くを撮影しているのではないかと思う。この夏の映画は見ていて夏をリアルに感じさせてくれない大きな欠点がある。それほど夏の光は違うのだ!

  • 稲村ジェーン」では夏の空気を感じることが出来た。桑田佳祐が湘南の地で生まれ育ち、夏の空気を知っているからじゃないだろうか?

●そんなふうに、私は夏の映画をみて、これは夏じゃないなって思うととっても残念な気持ちになる。設定は夏であってもあの夏の空気と光をとらえていなければ絵から夏は感じられないのだ。

●「ウォーター・ボーイズ」の予告編を映画館で初めて見たとき、プールで飛び上がって演技をする学生たちとその周りで沢山飛散する水しぶきと一つ一つの水の粒が本当にキラキラと輝いて光っていた。このシーンを見たとき「あ、これは本当の夏だ!本当の夏の撮影の仕方を知っている人、本当の夏の光を知っている人が撮影しなければこの輝きをフィルムに切り取る事は出来ない」って思った。

●本編を見てもこの作品は本当にあの夏の暑さとギラギラした空気を余すことなく捉えていた。凄いと思った。これは矢口監督のなす技かとも最初は思った。

  • そしてあるとき磯村監督のメジャーデビュー作である「がんばっていきましょい」を見た。これも女の子たちのボート部生活を描いた夏の映画だ。この映画でオールが水を掻き分け、田中麗奈たちが川の水のなかで動き飛沫が飛び散るシーンに素晴らしい夏の光を感じた。湖の夕焼けのシーンも美しく、あの暑かった一日が終わろうとして空気の中にまだ熱気を溜めながら赤く染まってゆく空が夏そのものを見事に写しだしていた。
  • どういった人がこんな美しいシーンを撮影し、この夏の光を見事に捉えているのだろう。この映画を撮影した人は、きっと本当の夏をあの夏の暑さと光と空気を本当に知っている人だろうと思った。この時はじめて、カメラマンが誰なんだろうと興味を持ち、スタッフの名前からカメラマンが誰なのかを調べた。・・・・・・・そしてこの二つの作品が長田勇市というカメラマンによって撮影されていることを知った。
  • 長田勇市、沢山の映画を見ているけれど、たぶんこの人ほど水の輝きを美しく撮影するカメラマンは居ないのではないだろうか? この人ほど本当の夏の光を知っているカメラマンはいないのではないだろうか? 私はそう思った。そしてあるとき長田勇市というカメラマンが石垣島の出身だということを知った。やはりそうか、子供の頃からあの美しい石垣島で暮らし、本当の夏の暑さ、本当の夏の光、本当の夏の海を知っているんだ、それを知っているからこそこの人はフィルムにあの本当の夏の光を、水の輝きを閉じこめることができるんだろうと思った。

テレンス・マリックは日の出と日没の前後一時間が最も太陽の光が美しく全てを輝かせるマジック・アワーだとして、この2時間だけで撮影を行うという。かれの作品は本当にワンシーンワンシーンが美しい。

●光と水の輝きを最も美しく撮影できる人物、長田勇市という人はテレンス・マリックに通じるものがあるのかもしれない。

★映画批評 by lacroix