『父と暮せば』(2004)

「あんなに沢山の人が死んだのに、自分だけ生き残ってしまった。生き残った私は幸せになってなれない。人を好きになったり男の人と付き合ったりしちゃいけない」まだ若い女性が原爆投下の時に広島にいたというだけで、こんな風に自分を責める女性。『夕凪の街 桜の国』の前編でも同じような気持ちを持つ女性が描かれていた。その気持ちは、自分だけ生き残ってしまったという純粋な罪悪感であろうけれど、それは自分だけが幸せになってはいけないという考えを、皆が一緒に堪えなければいけないという考えを、かっての日本が日本の国民に洗脳的に教育し、頭の中に植え付けていった人民統制の悪業の沙汰から生まれたもの。人並みに幸せになんかなっちゃいけない。

あの時の広島は人が死ぬのが自然で、生きてるのが不自然だった。自分は生きてるのが情けなくて仕方ない。

かっての、いや今においても日本という国が、国民を

ピカの光を浴びて原爆病になっている

モノクロに変化した画面で、遠い空に光るB29と原爆が投下されるシーンでは無意識に唾を飲む。そして爆音とともに閃光が広がると、無意識に背筋に震えが走る。戦争や原爆を体験していない自分であっても、悲しみと怒りに身震いする。これはきっと多くの日本人が感じる悲しみと怒り。そしてその感覚はきっとこれから先、昭和9年から何十年、何百年経っても、戦争を全く知らない世代がどれだけ繰り返されても、ずっと日本人の中に遺伝子に組み込まれた情報のように伝わっていくのではないだろうか。

舞台では観てくれる人は限定されるけれど、映画になれば全世界の人に観てもらえる可能性がある。多くの人に広島の事を知ってもらえる。:井上ひさし