『beauty うつくしいもの』

●「一応観ておくかな」・・・という映画ばかりの最近「これは観よう」と思って鑑賞した希少な一作である。それもこれもふとしたきっかけで「イタズ」を観る事となり、後藤俊夫監督のこの映画が丁度東京に来ているというぴったりのタイミングに出会ったからと言える、これも巡り合わせであろう。

自然派・・・という言葉で言えばいいのかどうか、後藤俊夫監督はずっと自然と人間との係わり合いを映画として描いてきた。その監督が長野の伊那谷に居を移し、そこを活動の場として、伊那谷で作り、伊那谷から発した作品。今の映画というビジネス、業界の状況からすると、一人の監督が地方で映画を製作するということは至極困難である。それを乗り越えて、早々たるスタッフ、キャストを集めて一本の映画を作り、全国で地道に公開を続けているというその姿勢に大きな賞賛を送りたい。こんなことおいそれと出来ることではない今の日本の映画を取り巻く状況なのだから。

伊那谷に200年以上も受け継がれてきた村歌舞伎。歌舞伎といえば歌舞伎座しか知らない自分にとって、地方で村歌舞伎として独自な演芸の歴史が積み重ねられていたということは驚きでもあった。

●最初の方の田舎の同級生だろうか、2人の少年と1人の少女が村歌舞伎というものにこんな小さいのに打ち込む姿、そのストーリーは本当に美しいものであった。

●少年時代の半次(高橋平)が演じる歌舞伎の女形が息を飲むほどの美しさ。並の奇麗な女性、美少女などを遥かに超越していた。

●それが少年達が大人になり、戦争、出兵、憲兵という時代の暗い雲がこんな小さな村にも覆い被さってきて、少年達はシベリアの地で強制労働に従事するというところまで来ると話が随分と広がり過ぎているなと感じた。

●シベリアで死んだと思っていた友が、実は生きていて盲目の歌舞伎役者をしているというところなどは、話をあまりに都合良く作りすぎているなとも感じた。こういった部分ではストーリー、脚本は細部まで煮詰められているとは思えない部分もあった。

●だが、終盤で、老いた半次が力なくふらつきながらも踊るシーンは、1人の男の踊り姿であるのだけれど、まさに壮絶。その踊りから、よろめく足取りから伝わる人の思い、悲しさ、凄さに目が離せなくなった。みすぼらしい老いた舞でありつつも、強く心を打つ姿がそこにあった。

●全部を見渡して、話として、一つの映画として喝采を贈れるほどのものではないのだけれど、この映画には、人生というものへの思いや悲しみ、作った人の熱が籠もっているなと感じた。

●「beauty うつくしいもの」とは・・・時が経っても変わることのない友情・・・それは美しさよりもせつなさであろうか?

●内容としても一般受けするものではなく、文芸作品に近い、大ヒットなどとは行かないであろうこの作品の撮影を決め、歌舞伎界から錚々たる役者を集め、人気女優の麻生久美子をもキャスティングし、この映画の製作には地方から出たご当地映画というレベルを超えた製作費が掛かっていることだろう。しばらく監督業という部分から離れていた後藤俊夫という人物が、こういったメジャー系とは色彩を異にする作品を撮ろうとしても、これだけの製作費やキャストを集めることは普通に考えれば相当に難しい。いや、もう無理といってもいい。地方の小さな市、町などで作られる映画は数多くあるのだけれど、その殆どが作品名も知られず、その地方とそこに関わる一部の人達だけの思いの中にしか名前が残らないようなものが多い。だがこの作品はメジャーの路線から外れ、地方で活動をしていた1人の人物がその生まれ故郷を舞台として作ったという非常に地域性の高い物でありながらも、沢山の製作費をかけ、これだけの役者を集め、徐々にではあるけれど、全国に公開を広げている。

●この映画の製作、公開がこんな風に実現したというのは、後藤俊夫という人物の人脈、人徳、これまでの作品、その考え方などに賛同する人が。後藤俊夫とその人が作る作品に利だけを求めるのではない、惜しみない協力を申し出たからに他ならないであろう。(角川映画などもバックアップに付いている。)


●こんな風にして地方から頑張って、地の文化を映画化し、上映までこぎ着けるという、監督やスタッフだけではなく、この映画の上映を広め成功させようとした地元の人々の努力、マインドを大きく賞賛したい。、バックアップした企業でこの映画への資金提供を決定した人も、ビジネスだ、リクープだといつも言っていることとは切り離した、別の気持ち、金儲けだけではなく、映画を愛する心の中の本当の思いで製作委員会の参加にサインをしたのではと思う。そんな多くの映画というものに思いを寄せる人たちの心が寄り添って出来ている。そんな希に見る映画なのではないかと思う。