『不都合な真実』 

●子供の頃から比べれば確かに、冬は温かくなっている。夏はもっと暑かったような気もするが、それはエアコンとかが無かったからか?(笑)だが、冬は絶対確実にいまよりも寒かった。川や道路も凍っていたし、大雪が降って電車もバスも動かなくなるって事が年に数回はあった。ボタンダウンとか厚手の温かい衣類を結構買っていた・・・今では殆ど使っていない。

●こういった作品が映画という形でハリウッドから全世界に向けて発信されるのは良いことだと思う。だが、そのハリウッドを最大の輸出産業拠点として抱えるアメリカは温暖化の最たる原因国ではないか。

●エコだなんだと最近は普通の生活に節約を呼びかける運動が盛んになってきている。一人ひとりがそういうことをしなければダメになるというのは分るのだが、庶民が頑張ってエコを実践し、CO2の排出を少しでも減らそうとしても、その庶民が何十万人と頑張って減らしたCO2の削減も、何処かの企業や国がちょっと利益欲しさになにかしたら全部吹っ飛んでしまうではないか?

●庶民にエコだなんだといいながら、それをないがしろにしてしまうような企業、国家の行為は見えないように包み隠されている。

●庶民がエコを実践するよりも、もっと大きな悪をとりのぞかなければ、温暖化なんて防止できるはずがないではないか?

●映画を見ながらそんなことばかり考えていた。

●こういった映画は非難を拒絶するような情勢を身に付けがちである。

●本筋としては間違っていない、だが、その更に根源的なところにある、一部の人間、政治家、企業の利潤獲得の腹黒さが抱えるより大きな問題には言及していない、言及出来ない。

京都議定書を批准しないアメリカ、そしてオーストラリア。

●温暖化の危機を訴えると、必ずそうではないそんなことはないという否定論者も出てくる。

●少なくとも、この地球がおかしくなってきていることだけは肌身に感じて確かであろう。

●この映画を見て、行動に移る人がひとりでも増えることは希望が少しでも増えることに繋がる・・・・だが。もうこんな世の中ではどう足掻いてもだめなんじゃないのだろうかという諦め、極普通の庶民にエコを呼びかける前に取り除かなければならないもっと巨大なものは多々あるであろうという腹立たしさ。

●今から50年後、この地球はどうなっているのだろう? 今の時代、自分の生きているときだけ楽しめればあとのことなど知らないという一部富有層、権力者、などが居る中で、やるべきことは他にあるのではないか? アメリカそのものがこの地球をダメにする大きな原因であることは語らなくて良いのか?

●なんだかこういう映画を見ていると・・・偽善を感じ、腹立たしさを感じ、どうせダメだろうなという諦めを感じてしまう・・・・。

●日本もどうしょうもないのだけれど・・・。

●夢や希望は夢の中でしか語れない・・・そんな気がする。

●何をやっても意味がない・・・そう思ったらオシマイであるが・・・・そのツケはいつも原因者ではなく、被害者に回されている気がする。

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